第5話:終わったと思ったのに

「どーしてこうなった……」


 マンガやアニメで割とよく聞くこのセリフを自分が言うことになるとは……。僕の物語はアニメだったのか!? どうせなら「ここは僕に任せてみんなは先に行け!」とか、逆に「ここを通りたければ 僕を倒してから行きな」とかを言いたかった。


 それか「お前・・・!人間の言葉が分かるのか!?」とか「ステータスオープン!」とかも言うシチュエーションに憧れる。


 おっと、目の前の天宮華恋さんが放置プレイになってしまっている。僕は小さな逃避行動から意識を取り戻した。


「だって、しょうがないやんー!」


 天宮さんはバツが悪そうに答えた。


 現在、僕たちはドーナツショップを出て、僕の家に来ていた。


「ねね、ミックってひとり暮らし?」


 キッチンに立つ僕の横に天宮さんがいる。その笑顔が憎らしいほどにかわいい。その笑顔は部屋の中をきょろきょろ見渡してる。


 僕はひとり暮らしではない。ただ、いわゆる母子家庭で昼間は母さんは働きに出ているのだ。


 家は2階建ての木造アパートだ。


 はっきり言って狭い。古いけど、きちんと掃除しているので僕は気にしないけど、誇らしい我が家だとは思ってない。その狭いキッチンで真横に天宮さんがいる。あの天宮華恋がだ! なんだこの空間……。


 なぜか、僕が天宮さんに料理を教えることになっていた……。


 ✳✳✳


「料理を教えてほしい……ですか?」

「そう! お弁当を作りたいとー!」


 ドーナツショップでのやり取りだ。彼女は瞳を輝かせて日向に弁当を作りたいと希望を語った。


「かわいくて、人気者で、その上、お料理までできたら、彼女にしたくなると思うとー!」

「あー……」


 いやいや、もう今でも十分でしょうに。現状の天宮さんの告白だって断る男子生徒はいないだろう。それはオーバーキルが過ぎるってもんだ。


「どんな弁当を作りたいの?」

「本気の! 本気のお弁当やろー! キャラ弁とかじゃなくて、本気で美味しくて、本気で好きになるお弁当!」


 さすがリア充。芯を捉えている。この押さえるべきところを押さえているってのも僕が身につけるべきところだろう。


「じゃあ、メニューはおにぎりに、ハンバーグにたまご焼き……とかかな?」

「そうやね! 早速お買い物して、作り方を教えて!」

「え!? 今から!?」


 ✳✳✳


 短い回想シーンを終えて、僕は僕の家のキッチンにあの天宮華恋がいるという異常な状況を思い出していた。そして噛みしめていた。


「そう言えば天宮さん、お弁当箱は?」

「んーーー。とりあえず、ミックのを貸しとってー。今日はまだ練習やけん」


 練習なんだ。いきなり今日作りたいとか言うから、てっきり作ったらすぐに持っていくかと思った。


「作ったやつをすぐ持ってくと思ったんやろ! そんなわけないやんー! 一作目とかヘボヘボに決まっとーし!」


 ヘボヘボって……。


「ちゃんと完璧なお弁当を作って、確実に落としてやるっちゃけん!」


 なんか物騒な感じなのは、僕の感性がおかしいのか??


「……とりあえず、ご飯は炊けると思うから、おかずから何か作ってみましょうか」

「え? 炊けんけど?」

「は!?」


 このとき空気が止まったのを感じた。


「ご飯炊いたことない」


 ぽつりと言った。


「全然?」


 少し訝し気に訊いてみた。


「全然……」

「全然!」


 すごい答えが返ってきた。天宮さんは当たり前みたいに答えた。「え? なに当たり前のこと訊いてんの」みたいな表情。


「家ではお母さんがご飯作ってますよね? 手伝ったことないんですか?」

「家でご飯を作るのは家政婦さんやろ。手伝ったこととかないよ」


 これまたすごい答えが返ってきた。


「ちょ、ちょっと待って。落ち着こう。一旦落ち着こう」


 僕は両てのひらでストップのジェスチャーで一回落ち着こうと必死だった。


「慌ててるのはミックやけど……」


 そうだ。天宮さんの言う通り。僕は少し息を吐いて落ち着きを取り戻した。


「もしかして、天宮さんってお金持ちの家の子?」

「別に普通やけど?」


 まあ、僕の家からしたら大概の家はお金持ちなんだけど、家政婦さんがリアルにいる家は僕の周りには一人もいない。


「ちなみに、部屋は何部屋くらいあるんですか?」

「うーん……数えたことないかも」


 いや、普通の家は数えるほどないよ! ちなみに、うちなんか1DKだから1部屋だよ! 今見えてるものが全てだよ!


「キッチンで家政婦さんが料理してるのは見たこと……ありますよね?」

「ほっとんどないね!」


 いさぎいい! 気持ちいいくらいに潔いい!


「キッチンって家政婦さんくらいしか行かんけん、行ったら仕事の邪魔になるし……。変なことしよったら笠嶋さんにぼてくりこかされるって」


 笠嶋さんって誰だよ。「ぼてくりこかされる」の意味も分からないけど、とにかく、ヤバそうだ。


 分かったことと言えば、僕とキッチンに対する認識がまるで違う!


「じゃあ、まずはご飯を炊くところから始めようか」

「知っとうよ! ハンゴウやったっけ? キャンプのときに男子が焼いとった」


 うん、飯盒はんごうでもご飯は炊けるね。でも、そんなの家で使ってる人なんか見たことないよ。


「これが炊飯器と言って……」


 ぼくは炊飯器の存在から知らせることになってしまった。


 スーパーギャル天宮華恋でも炊飯器の存在を知らないとか、そんな一面もあるのだと内心驚かされていた。


***


 炊飯器でご飯を炊くのは簡単だ。小学生にだってできる。でも、「美味しく炊く」には少しばかりコツがある。


 米は研ぐ必要がある。「洗う」のではなく「研ぐ」のだ。釜に規定量の米を入れたら少々の水を入れて、上から押す感じだ。米と米を擦り合わせて表面を研磨するイメージ。


 これは米の表面のぬかを取る意味じゃない。最近の精米技術はすごいから、そんなことをする必要は全くない。米は精米してから炊くまで一定時間 保管されるのでいくばくかでも酸化する。鉄で言えば酸化はさびだ。


 あんな茶色いゴワゴワしたやつは印象が良くない上に味を劣化させる。米においても酸化は敵なのだ。その部分だけを削り取ってからご飯を炊いたほうが美味しいに決まってる。


 そして、昨今では新米は高い。古米や古古米を買うことも多い。美味しく食べるために、ほんの少しだけ白だしやアジシオを入れることもある。これによりコンビニおにぎりに負けない美味しさのご飯が炊き上がるのだ。


 こうして炊き上げたご飯の反応は……?

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