第3話:菓子パンとドーナツショップ
「で? なんだって?」
目の前には良いやつ代表の日向がいる。世界 良いやつ選手権があったら優勝候補 筆頭みたいなやつだ。顔と名前が一致しない僕でもやつは分かる。クラス内でも……いや、学校内でもめちゃくちゃ目立ってるから。
放課後の部活前に教室のベランダで菓子パンを食べながら、やつは僕の質問に質問で返した。相手が僕ではなく、吉良吉影だったら日向は今頃 死んでいたかもしれない。
「だからその……、天宮さんのことどう思う?」
「あー、なるほど。あー、あー、あー。なるほど、なるほど。分かった」
日向は1個目のソーセージパンを食べ終わって袋をぐしゃぐしゃにしてズボンのポケットに入れながら、反対のポケットからアンパンの袋を取り出しながら答えた。
分かった、と言われて僕の心の中が全て見透かされたような不安感に飲まれた。
「クラスで一番人気。ギャルなのに成績トップ。長い髪と細いのに胸が大きい。足が長いし、色白で顔もスタイルもいいし、頭もいい。甘い声に博多弁。みんなに好かれている上に、特に抵抗勢力がいない。完璧ギャルだよな。ギャルはギャルでもスーパーギャル。分かる分かる」
そう言って僕達は教室内に視線を移した。天宮さんは女の子達に囲まれながらメイクしていた。ちょうどまつ毛を良い具合にするなにか……小さい筆みたいなのを持って机の上に置いた鏡をのぞき込んでいる状態だった。
どうしてギャルは人前でメイクをするのか。天宮さんの集まりは6人くらいいるけど、同じくメイクしている人、他人のメイクをしてあげている人、みんなでわいわいやってるからこっちの会話を気にしている人はいないようだ。
日向は先程のアンパンを食べながら、僕の肩にガッチリ腕を回して肩を組んできた。その表情はニヤニヤしてる。僕達の意識は再びベランダに戻ってきた。
「えっと……」
「良い子に目をつけたな。でも多分、相当 高嶺の花だな。ちょくちょく告白されてるみたいだけど、一度もOKしたことがない難攻不落なんだよ」
「へ、へー……」
天宮さんって日向からも評価が高いんだな。そんな天宮さんが日向のことを好きだって聞いたら、すぐに告白に行ってしまうんじゃないだろうか。僕は僕が知るこの事実を日向に伝えるべきかどうか
「まあ、良いと思うよ、天宮さん。御厨には合ってると思う。御厨の良いところに気づいてくれるかにかかってるな」
肩をポンポンと叩きながら、やつは変なことを言った。
「ん?」
なんか変な感じになってる?
「応援するよ。なんか困ったらいつでも相談してくれ」
日向の爽やかな笑顔。全く嫌味成分なしの笑顔でこれがやつの本心なのだと伝わってきた。どこまで良いやつなのだろう、こいつは。
「いや、僕はそんな……」
「あっと! 俺もう行かないと!」
グラウンドでは手を降ってるやつがいた。日向はそれに気づいたらしい。
もしかしたら、放課後は彼らとパンを食べて部活に入る予定だったのかもしれない。それを僕が声をかけたから、時間を取ってくれていたのかも。
日向はさっきのソーセージパンとアンパンの袋を僕に託して教室を出て行ってしまった。まあ、「ゴミ捨てといて」ってことだろうけど、こうしてちょっとしたことを頼まれることで、忙しいところを付き合わせてしまった僕の中の罪悪感が少しだけ薄らぐのを感じた。
そこまで計算だとしたら、やつはかなりのもんだ。計算すらしていないとしたら、なおさら相当なもんだ。
「はあ……」
僕は教室内のゴミ箱にパンの袋を捨てた。バスケット選手のシュートみたいに投げたのだけど、1個はゴミ箱の縁に当たって跳ね返され、床に落ちた。もちろん、ちゃんとゴミ箱に近づいてパンのゴミを拾い、ゴミ箱に捨てた。
その後、自分の机からカバンを持って帰ろうとした。そのとき不意に話しかけられた。
「おい、磯野ー。野球やろうぜー」
僕が教室から出たら、ドアのすぐ向こうの死角の位置にいたのは中島ではなく、天宮さんだった。ドアに寄りかかるみたいにして立っていた。
腕組みをしていて、その表情はお
「いきなりバラそうとしよったろー!」
天宮さんの腕が僕の頭を捉えた。ヘッドロックってやつだ。頭は孫悟空のあの輪っか並みに痛いのだけど、同時に天宮さんの胸が当たってる。あの輪っかの名前を思い出す余裕すらない。天国と地獄が同時に来たら人はどうなるのか。それを今 僕は体験している。
僕の場合は固まってしまっていた。全く動けなかったし、言葉も発することができなかった。
「まったく……あんな言い方したら相手がどう考えるとか分からんとー!?」
ヘッドロックを解除して天宮さんが呆れたように言った。ため息も一緒だった。
でも、彼女が言うことは的を射ている。僕は他人の気持ちが分からない。他人の気持ちを慮る能力が低い気がするんだ。
「ほら、行くよ」
「は!?」
どうなんだ!? この状況で「ほら、行くよ」って言われて、どんな状態なのか分かるものなのか!? 僕は自分のカバンを持ったまま天宮さんの後をついていく。いったいどこに連れていかれるのか。
「ねえ!」
急に話しかけられた。彼女を追うように後ろから付いて歩く僕のほうを振り返って彼女が話しかけてきた。
「後ろだと話しにくいっちゃけどー」
なるほど。たしかに。
「ごめん」
僕は天宮さんの横を歩いた。いいのだろうか。こんな最底辺ボッチと天上天下唯我独尊的な天宮華恋さんが一緒に歩いていて。そんなことでは彼女の人気は揺るがないと考えているのか。それは他人の考えに疎い僕には分からない。
「ミック、テストどうやった?」
たしかに、今日はテストの結果が返ってきた日だ。僕らの学校ではテストの答案は同じ日にほとんど全部返ってくる。でも、今のタイミングでそれを話題にチョイスするものか!? それ普通!? 完全に脈絡がないセリフだった。やっぱり僕には理解ができないみたいだ。どうやら僕は作家には向いていないみたい。
「まあ、そこそこで……」
「ふーん」
僕のぼんやりとした回答にあまり興味がないといった印象の返答。自分から振った話題に興味がないってどういうこと!? 架けた梯子を僕がなんとか上ったのに、下から梯子を外された気分。僕のイメージでは地面でのたうち回る僕がいるんだけど……。
「あ、ここ! ここ!」
そう言われて僕は店の看板を見上げた。多分、この時の僕は間抜けに口が開いていただろう。
「ド、ドーナツ……?」
「そそ。行こっ!」
そこは人気のドーナツショップだった。学校で拉致られて、連れてこられたのがドーナツショップ。僕のイメージでは体育館の裏とか、倉庫街の死角の場所とか、空き地の土管の中とか、石油コンビナートとか、とにかく恐ろしいところを予想していた。
ところが、ドーナツショップ! しかも、テレビとかのグルメ番組が取材に来るみたいなオシャレショップ!
促されるように僕は店に入った。そこにはドーナツが右から左までずらりと並んでいる。ドーナツと言えば、薄い茶色のイメージだったけど、そこにあるのは、赤、白、黄色、緑、紫、ピンク……明るい店内とカラフルなドーナツたちだった。
店に入ると、もう一つ違和感を感じた。周囲のお客さんがこっちを見ているのだ。その視線の先を追いかけてみると……天宮さんだ!
「あの子、めちゃくちゃ かわいくない!?」
「髪の毛サラサラ~!」
「目ーおっきいー!」
耳を澄ますと、そこかしこで天宮さんのことを誉めているみたいだ。芸能人でもなんでもない天宮さんが普通にドーナツを買いに来ているだけでこんなになるなんて人気者は芸能人じゃなくてもオーラがあるのかもしれない。
「天宮さん、いつもこんな感じ?」
「まーねー、私かわいいけんねー。有名税的な?」
冗談みたいに言っていたけど、冗談ではこうはならない。本当にいつもそうなのだろう。
「こっち」
僕がぼーっとしていると、天宮さんが僕の袖の二の腕のあたりをちょっと引っ張った。なんかそれだけでドキドキした。
気づけば僕たちは注文した商品を受け取ってテーブル席についていた。
そして、テーブルの上にはそれぞれ2個ずつのドーナツとコーヒー。天宮さんの飲み物は透明のカップに入っているのだけど、下からオレンジ、白、緑と三層になっている。こんな飲み物見たことがない。
「さ、食べよ。いただきまーす♪」
いやいやいや。状況が全く呑み込めない。なぜ僕はここにいるの!? 店内をきょろきょろと見渡しても女子率が高い。男なんて数人しかいない。いても全員カップルだよ。
彼女が食べているドーナツ……。ドーナツは当然 食べたことはある。スーパーで買ってきたドーナツだけど。パサパサしていて、食べるときには飲み物が必須で僕はそこまで好きな食べ物ってわけじゃない。まあ、嫌いという訳じゃないけど、特別好きってわけでもないものだった。
彼女は美味しそうにドーナツにかぶりついた。なんだろう、このドキドキは。単に天宮華恋がドーナツを頬張っているだけなのに、エロい要素がちょこちょこ顔を出している。直視できない僕がそこにいた。
とりあえず、僕も目の前のドーナツに手を伸ばした。合法的に視線と意識をそらす方法くらいにしか考えていなかった。それくらいこの時点ではドーナツには興味がなかった。
「!」
やわらかい! ふわふわだ。僕が知ってるドーナツとは全然違う。持っただけでそう感じた。早速、一口食べてみると……。
「やわらかい! 美味しい!」
「やろ? やろ!」
すごい。触感が僕の知っているドーナツと全然違う。これは……ブリオッシュ生地なのか。ブリオッシュ生地と言えば普通ならパンに使う生地でクロワッサンに近いものだけど、ドーナツらしく揚げてあるみたいだ。触感も面白いし、甘さもちょうどいい。甘すぎると2個目には手が伸びにくいし、甘さが足りないと物足りないと感じるだろう。揚げてあるから表面の触感も面白いし、これは革命だ。
「ねえ!」
気づけば僕はドーナツに集中しすぎていたらしい。テーブル挟んで向こう側の天宮さんが僕の額をつかんで顔を上げさせていた。アイアンクロー状態。天宮さんのギャル爪は僕の額に当たっていた。ギャルは何でもありなのか!?
「ドーナツに集中しすぎ!」
「ご、ごめん……」
そうか。女の子と一緒にいるんだから、優先順位は女の子が最優先なんだ。僕は興味が沸くとそれに集中してしまう性質がある。完全に珍しくて美味しいドーナツに心が占有されていたのだ。
「どう? 美味しいやろ!」
「……うん、美味しい。驚いた。美味しさに心がいっぱいになりました」
「ふふ、いいね。面白い表現」
天宮さんがにこにこしている。ついさっきまで不機嫌だったのに、今はもうにこにこ。僕には女心は一生理解できないだろう。
「美味しいものを共有できるのって、なんかエモいよね」
「え、あ、うん……」
彼女の言いたいところは分かる気がする。他人と共感できる部分があったという点は僕にとって発見だと思う。
「テスト何点やった?」
またテストの話? 藪からスティックにまるっきり違う話題に移行したみたいだ。彼女の会話の線路切替器は急すぎて僕は脱線しがちだ。
「見て見て」
天宮さんが自分のカバンからテストの答案の束を出してきた。その点数は驚くべきことに100点が多かった。
「すごい! 100点。こっちも。あ、古文も。数学は94点」
今回数学は100点がいなかったって話だった。数学の杉山先生は100点を取らせないように毎回「100点防止問題」を出すので有名なんだ。人呼んで「杉山の100点防止問題」。
「ミックは? 答案見してー」
ここで僕の見せ場が来たと思った。ここで全教科100点の答案を並べたら……俺
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