第28話 変身しないヒーロー

 百一:日常という名の最大の敵

​ オフィスビル炎上事件の後、日野 篤は本郷 猛のサポートで静養し、自身の体が**「病気の苦痛をエネルギーに変換する危険な炉」**であることを完全に理解した。

​ 彼の変身トリガーは、発熱、すなわち体調不良である。裏を返せば、健康であれば、彼は最強の非戦闘員なのだ。

​「もう二度と、あんな迷惑はかけられない」

​ 日野は、会社への甚大な損害と、同僚たちの恐怖を思い出し、深く反省した。彼の反省は、ヒーローとしての使命感ではなく、善良な会社員としての責任感から来ていた。

​ 彼にとっての怪人とは、外から来るものではなかった。それは、不摂生な生活という名の、内なる敵だった。

 百二:タイレノール以上の予防線

​ 日野は、自らに厳格な生活規範を課した。それは、本郷猛が設計した変身制御システムよりも、遥かにシンプルで、遥かに困難な自己管理だった。

​ 夜更かし(夜警)の禁止:午後10時には消灯。睡眠不足は免疫力の低下を招き、風邪を引きやすくする。徹夜での残業は、人類の敵と見なす。

​ 暴飲暴食の禁止:アルコールは体温調節を乱し、深酒は体調悪化に直結する。過剰な食事は消化器系に負担をかけ、免疫システムを低下させる。宴会での「もう一杯」は、世界滅亡の危機と等しい。

​ 日野の戦いは、**「高熱と炎」ではなく、「飲み会での誘惑」や「納期前の徹夜」**との、地味で終わりのない戦いとなった。彼は、同僚からの飲みの誘いを断るたびに、「ヒートマンになるよりはマシだ」と心の中でタイレノールを思い浮かべた。

 百三:健康管理という名のヒーロー活動

​ 日野のデスクには、常に最新型の非接触型体温計が置かれていた。彼は、一日に何度も体温をチェックし、**36.8℃**を超えないよう、極度に神経質になった。

​ ある日、彼の同僚の一人が「日野さん、最近付き合い悪いですね。どうかしましたか?」と尋ねた。

​ 日野は、平静を装いながら答えた。「はい。最近、自分の体調管理こそが、会社員としての最大の責務だと気付きまして。健康体こそが、究極の自己防衛です」

 ​彼は、ヒーローであることを隠しながら、**「健康優良児」**という名の新しい仮面を被ったのだ。

 百四:本郷の評価

​ 本郷 猛は、日野の自己管理のデータを見て、驚きと感銘を受けていた。

​「驚くべき意志の力だ。彼は、変身しないことを、ヒーローとしての義務と捉えた」

​ 本郷が設計したノーズ・ブレイカーのサポートシステムは、あくまで「事故防止」の技術だったが、日野の行動は、**「事故そのものを未然に防ぐ」**という、究極の予防策だった。

​ 本郷は、桑田 洋(ノーズ・ブレイカー)にもこの話を伝えた。

​「桑田君。君は鼻血を流すことで正義を成す。しかし、日野君は、鼻血や発熱を避けることで、既に英雄となっている。これが、この世界のヒーローの多様性だ」

​ 本郷は、**「変身できない」という自身のジレンマを、「変身しない方が良い」**という日野の新しい生き方に見出し、彼の孤独な戦いを、陰ながら支援し続けるのだった。日野 篤の戦いは、テレビのヒーロー番組には映らない、現代社会の最も地味で、最も重要な戦いとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る