第15話 ワームマン

 五十

​ 南栗橋の廃病院。痔の痛みに耐えかねた半完成形の痔ガンタム(大西誠)は、ダーク・システムの苦痛増幅装置を司るドクター・メディウムと対峙していた。

​「お前の苦痛は、システムが完全に回収する」

​ ドクター・メディウムは、注射器型の銃を構えた。その瞬間、彼の背後のシャッターが音を立てて開き、一台の汚れたワゴン車が滑り込んできた。

 ​車内から降りてきたのは、全身が粘液質の灰色の皮膚に覆われ、頭部には巨大なヒゲとヌメヌメとした鱗を持つ、なまずに酷似した怪人だった。彼は、以前大西が釣りを趣味としていた場所、利根川河川敷で、釣り人を襲撃するために組織が用意した**「鯰怪人」**だった。

​「ドクター・メディウム!目標は外へ出すな!ウルトラマソが接近中です!」

 鯰怪人が甲高い声で叫び、戦闘態勢に入った。

​ ドクター・メディウムは無感情に命じた。「鯰怪人、その半端な変異体を制圧しろ。回収は私がやる」

 五十一

 ​痔ガンタムは、二体の敵に挟まれ、絶体絶命だった。彼の体は、痔の激痛と、二度目の変異への恐怖で、もはや正常に機能しない。

​ 鯰怪人は、そのヌメヌメとした体を滑らせて痔ガンタムに肉薄すると、その巨大なヒゲをムチのように振り、痔ガンタムの半完成形の装甲を叩きつけた。

​ バシィィン!

​ その衝撃が、大西誠の体内にある別の慢性的な病巣を、一気に叩き起こした。

​「ぐあああああああ!!」

​ 痔の痛みではない。背中を蹴られた痛みでもない。今、彼の顎の奥、数年前から放置していた虫歯の神経が、雷に打たれたように激しく痛み出した。

​それは、内側から脳を食い破るような、耐え難い痛み。**「苦痛増幅装置」**の作動により、その虫歯の痛みは、数千倍にまで増幅されていた。

 五十二

​「痔ガンタムのトリガーから、**虫歯の痛み(デンタル・クライシス)**へ移行したぞ!」

​ ドクター・メディウムの無機質な声が響いた。彼の機器は、大西の体内で最も強烈な痛みの波長を正確に読み取っていた。

​ 大西の肉体は、「肛門」の痛みから**「口腔」の痛み**へと、トリガーが切り替わったことで、凄まじい再変異を開始した。

​ 痔ガンタムのゴツゴツとした装甲は、まるで生きた素材のように融解し、**忌まわしい「軟体生物」**の形態へと変化した。

​ ワームマン(Worm Man):彼の新たな姿。

​形態:全身は、虫歯の膿を思わせる黄みがかった粘液質の皮膚に覆われ、装甲は消滅。四肢は細く長く伸び、まるで蛆虫が這うかのような、見る者に生理的な嫌悪感を抱かせる動きをする。

​ 特徴:彼の顔のあった場所は、巨大な口腔となり、その内側には虫歯菌が繁殖したかのような黒い針が無数に生えている。そして、彼の体からは、**虫歯の激痛と同じ波長の「超音波」**が発せられ始めた。

​ ワームマンは、その身を襲った鯰怪人に対し、雄叫びではなく、**「キィィィィィィィン」**という、歯医者のドリルのような、耐え難い高周波音を放射した。

​ 鯰怪人は、その音波をまともに浴び、その硬いはずの鱗が剥がれ落ち、耳を塞いで苦悶した。「ぐあ!この音は……!頭の奥まで響く!」

 五十三

 ​その時、廃病院の屋根が破られ、ウルトラマソが降下してきた。ウルトラマソは、ワームマンの放つ**「苦痛の極限」**の波動を感知し、直ちに浄化光線を放とうとした。

​ しかし、ワームマンの放つ高周波音は、ウルトラマソの**クリスタルタイマー(砂時計)**にも干渉し、その光を不安定にさせた。

​「ワームマンの音波は、調停者のエネルギーフィールドを乱している!」

 ドクター・メディウムが歓喜の声を上げた。

​ この瞬間、ウルトラマソはワームマンを浄化することができなくなった。ワームマンの**「虫歯の痛み」は、「光の力」**すらも拒絶する、人間性の最後の、そして最も陰湿な抵抗だった。

​ ドクター・メディウムは、この最高のエネルギーの出現に、注射器型の銃をワームマンへと向けた。

​「完璧だ。この波動こそ、**『ゲート』**を開くための、最後のエネルギーだ!」

​ 病院の周囲の地面が、激しく振動し始めた。ダーク・システムの最終計画が、いよいよ起動しようとしている。

​ そして、間一髪で病院に到着した本郷 猛は、車を降りるなり、この異様な光景と、体全体を突き刺すような高周波音に、**「これは、もう私が戦う領域ではない」**と悟った。

​ 彼の役目は、**「人間性の代理人」として、「システムの破壊」**を行うことだ。

​ 本郷は、懐から取り出した特殊な起爆装置を握りしめた。彼の最後の作戦は、この病院そのものを破壊し、苦痛増幅装置を道連れにすることだった。


​ 

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