第30話 CM冬バージョンのあれこれ
個室に籠って十分程ぼんやりしていたら、今井先輩が呼びに来てくれた。
「ヒロシ、大丈夫か? 井上が厳しい事を言ったみたいだけど、気にするなよ。あいつは気に入っている相手には、容赦なく強い言葉をぶつけるんだ」
俺は個室から出て手を洗った。鏡越しに今井先輩を見て、わかっていますと答えた。
「いつも正しく導いてくれるし、気にかけてくれるありがたい先輩です。俺が変な思い込みでズレていたみたいです。それでも、納得しきれない。俺、モテそうな男になっていますか?」
井上先輩の事は信じている。
それでも、『たらし』なんていう、自分と一番縁の無い言葉を飲み込めなかった。
だから同じように信頼する今井先輩にも、聞きいてみたかった。
「ああ、いけてると思う」
「そう、ですか……」
いつの間にか俺は、『いけてる男」』になっていたのか。
今日、野口さんとの待ち合わせでブーイングが起こらなかったのは、そういうことか。
うれしいはずなのに、なぜかげっそりした。
俺はセルフイメージを、全く作り変えないといけないのだ。それに慣れるには時間がかかりそうだった。
事務所に戻ると、皆もう集まっていたので、慌てて空いている席に座った。
「それじゃあ、始めようか。今回の舞台設定は、家でのパーティーだ。クリスマスや年末年始の集まりって感じかな。ほかほかと暖かくて、楽しそうなイメージで撮るよ。気取ったパーティーじゃなくて、コンビニのチキンと、おでんとケーキ。飲み物はコマーシャル商品」
そこで言葉を区切り、「ちょっと想像してみて」と言う。
俺も頭の中でイメージを膨らませてみる。つまり、俺達の等身大のパーティーだな。
夏にやったバーベキューみたいな感じか。
「そして今回の隠し味、というか、もうメインだね。ヒロシ君の恋の行方編を3つ、それとベース編を二つ作る予定だ」
そう言って、プロジェクターを示した。
1,全員でのパーティー編(以下、敬称略)
2,緒方・里見、今井・井上のカップル編
3,ヒロシ・野口編: ジェンガ
4,ヒロシ・里見編: オセロ
5,ヒロシ花を贈る編
「1、2は説明いらないね。3、4は前回同様に二人だけど、今回は設定が必要だからゲームを用意する。ヒロシ・野口編はジェンガ。ヒロシ・里見編はオセロね。演技する必要はないから、普通にゲームを楽しんでくれ」
そう言って説明が一旦途切れた。
「5番は何をするんですか」
俺が聞くと、プランナーが唸った。
「ちょっと考えが纏まっていないんだけどね。今考えているのは、部屋に飾ってある花から一本ずつ選んで、二人にプレゼントして欲しいんだ。セリフ入りで行くか」
そう言って鼻の横を掻きながら、しばらく考えていた。
「あなたが好きです、でいいか。好きな時に好きな花を選んで、好きな場所で渡してね」
俺がぎょっとしていると、野口さんが嬉しそうに笑いだした。
「すごい、ヒロシ君だけセリフ付きだ。いいなあ。私も何か返事してもいいですか?」
再びプランナーが、首の後ろを掻きながら上を向いて、何か考えている。
「見る人に想像の余地を与えたいから、無言で頼む」
ふと、ずっと一言も話さない里見先輩の事が気になって、そちらに目をやると、ちょっと顔色が悪いように見えた。気分が悪いのだろうか。
井上先輩と目が合ったので、目顔で尋ねると、先輩は小さく首を振った。
気になったが、その前にこのセリフを阻止するのが急務だ。
「俺には、そんな恥ずかしいセリフ無理です。チェンジで」
何なら、役者のチェンジをお願いしたい。
緒方先輩なら難なくやり遂げそうだ。
「じゃあさ、緒方君に、そのセリフ言ってみて」
虚を突かれて、一瞬口ごもったが、あっさりと普通に言えた。
「緒方先輩、好きです」
「いいねえ。素直な感じが好感持てるよ。次は今井君に言ってみて」
「今井先輩、好きです」
「じゃあ次は、井上さんに」
「井上先輩、好きです」
「なんか、問題あるかな?」
あれ? 無いみたいだ。
こうして俺は百戦錬磨の大人に騙されて、この役を引き受けてしまったのだった。
学祭の準備で忙しい中、CM撮影は良い息抜きになった。
全てがお膳立て済みで、楽しく過ごすだけの、素人に優しい企画だからこそだろう。
それに俺たちサイドも、この仕事をごく気軽くとらえていた。
里見先輩は打ち合わせの日からなんとなく俺に対してよそよそしい。
井上先輩にそれとなく尋ねたが、言葉を濁されてしまった。井上先輩が物をはっきり言わないのは珍しいことで、ものすごく気になる。
だけど、聞き出すなんてことは、俺にできるはずもない。
一応、今井先輩に聞いてみたりはしたけど、そちらでも濁された。
「俺が言うのも、なんだ」
なんだって、なんだ?
結局わからずじまいのまま、撮影当日を迎えてしまった。
撮影現場は普通の一軒屋の、リビングとダイニングキッチンだった。
ちょっとおしゃれな感じの家かと思ったら、とても普通の家で、俺の家と余り変わらない。
俺以外のメンバーの家だったら、もう少し豪華版の様な気がする。つまりここは俺の家設定なのかもしれない。
リビングには三人掛けのソファとテーブルとテレビ。
ダイニングには4人掛けのテーブル。
セミオープンのキッチンには洗いカゴが置いてあり、皿が三枚立てかけてある。
「ここにある物は、何でも好きに使っていいよ。冷蔵庫の中にはフルーツやアイスクリームなんかも入っているからね。こっちは気にせず、普通にパーティーしてくれ」
ディレクターの言葉に歓声を上げ、全員が思い思いに散った。
俺はまずソファの前のテーブルを拭いて綺麗にした。
里見先輩が花のアレンジメントを持って来て、きれいな布のランナーを敷いて飾った。それだけで、一気に華やかさが増す。
このアレンジメントから花を選ぶのかな。はて、どの花がいいのか。
ピンクの大きいバラは野口さんかな。
里見先輩は白いユリのイメージかも。
あれ、逆か?
打ち合わせの日以来、里見先輩の様子がなんとなく以前と違う。いつもなら揉めてもすぐ元に戻るのに、そうはならない。この機会に仲直り出来たらいいのだけど。
だから気の利いた花を選びたいのに、どれを選べばいいのか全くわからない。
井上先輩なら、このかわいらしいピンクのスイートピーか? いや、横のごつくてとげとげの何かの方が合っている?
考え出すと決められなくなった。
「ヒロシ、何考えこんでいるんだ?」
今井先輩がケーキを持ってやってきたので、ごつい花の名を聞いてみた。
するとすぐに、「プロテアというんだよ」と教えてくれた。
さすが今井先輩だ。知っていそうな気がしたんだ。
「う~ん、プロテアか」
どうしようか考えながらつぶやく俺に、今井先輩が小声で忠告してくれた。
「これを渡すのはお勧めできないな」
「あ、そういうわけではないです。ちょっと気になっただけで」
「そうだよな。これだと強そうですねとか、存在感あるねってメッセ―ジになっちまう。ギャグバージョンだな。まあ、それも面白いかもしれないけど」
(すみません井上先輩用でした)
そう心の中で言い訳した俺は、つい横目で井上先輩の姿を追ってしまう。
今井先輩の手が俺の頬に伸び、横にぐにゅーっと引っ張られた。
「失礼だぞ」
更に小声で叱られた。
でも、離れて行ってから、こっそり笑っているのを俺は見た。
やっぱり先輩も、似合うと思ったんじゃないか。
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