第29話 CMの打ち合わせ

  一週間後の撮影に向け、 今日の放課後は、CMプランナーの事務所でミーティングの予定だ。

 だが先輩たちは受験に向けた説明会が入り、一時間ほど遅れることになってしまった。

 学校サイドの急な日程変更のせいだ。

 俺は一人で向かうつもりでいたのだが、野口さんが、「学校に寄るね」と言ってきた。

 特殊だと噂の、青葉高校の雰囲気を見てみたいと言う。

 それで当日、校門で待ち合わせることになった。


 ミーティング日の夕方、校門に向かうとすぐに、門の外に立っている野口さんが目に入った。

 さすが、グラビアアイドル。

 遠くからでも目立つこと。


 すっぴんで学生服姿でもキラキラのオーラが隠せていない。  

 何かのロケかと思うのか、生徒たちはそれとなく辺りを見回している。


 その彼女が俺を見つけて、パアッと笑顔になった。

 その破壊力。

 周辺を歩く生徒たちが思わず足を止めた。

 勿論、俺もだ。


 近付くのが恐れ多い。

 ぎこちなく手を持ち挙げ、胸の前で小さく振ってみた。


 里見先輩との下校で、矢のように刺さる視線には慣れたが、今回は更にきついだろうと覚悟した。

 ところが周囲の目は羨望のそれ。

 女子たちの遠慮のない、「エーッ、あんなのが?」という囁きは聞こえてこなかった。

 

 さすがに俺プラス美少女の組み合わせに慣れたか?

 ブーイングが無い事にほっとしながら、俺は走った。


「約束より早目に来たのだけど、もしかして待ったかな」

「ううん。今来たところよ」


 うわ~きた! 定番のやり取りだ。


 彼女との待ち合わせみたいで、胸がどきどきする。

 これを井上先輩に見られたら、またチョロシ君に逆戻りだな。

 そう思いながらも、浮かれる気持ちを抑えきれない。

 俺は野口さんから見えない方の腕をつねり、無理やり自分を落ち着かせた。


 そして彼女と並んで駅に向かって歩き始めた。

 ふと、これは俺の最大ミッション、『彼女と一緒に下校する高校生活』に近いのかもと思ったら、急にどきどきが増した。


 いや、考え違いをしてはいけない。彼女は仕事仲間だ。

 一緒に下校しているとも言えるけど、行く先は事務所。現実は同僚と一緒に現場に赴くところなのだ。

 そう考えたら、どきどきはどの字もしなくなった。


 そして溜息が漏れた。高校に居る間に、その願いが叶うことがあるのだろうか。


「どうしたの。溜息なんか」

「あ~。ちょっと悲願が叶わないかなって思って」

「どんな願いなの」


 えへへ、と笑ってごまかした。

 口にするのは情けなさすぎる。


「ヒロシ君は、もてるでしょ。彼女は妬かないの?」

「彼女いません」


 なぜか野口さんがびっくりしている。

「全部、振ってしまっているってこと」

「いいえ、全くモテません」


 なんとなく受け答えが、ロボットっぽくなってしまう。


 あまり突っ込んで聞いて欲しくないのだ。

 あなたはロボットですか、いいえ、ロボットではありません。


 唐突にそのセリフが頭に浮かんだ。自分を励まして、ロボットっぽくない質問を返した。

「野口さんはもてて大変でしょ。緒方先輩たちの様に、狙われて面倒臭がっているのを見ると、もてるのも程度によりけりだって思うよ」

 野口さんは、ふ~ん、と不思議そうに首を傾げた。


「おや、仲いいね。今、ヒロシ君はどちらに行くのか話題になっているけど、もしかして野口さんかな?」

 

 事務所に入ってすぐに、しょうもない事を言われて、俺は苦笑いを返した。


「選んでもらえたらうれしいな」

 野口さんは明るく笑って言う。


 こういう軽いノリが、この業界での世渡りなのだろう。俺にはなじめそうにないが、野口さんのプロ根性はひしひしと感じる。

 一つ上なだけなのに、すごい差だと思う。


 お互いの学校の話をする内に、芸能活動と両立させるための、野口さんのとてつもなく厳しい生活を知ることになった。

 俺のような普通の高校生が、遊んだりぼんやり過ごしたりする時間が、レッスンや仕事に全振りされている。


 彼女を尊敬の眼差しで見詰めたその時、事務所のドアが開き、先輩たちが入って来た。

 間が悪いことこの上ない。


 また俺のアホ面をばっちり見られてしまった。

 なぜか今回は、緒方先輩まで強張った表情になっている。

 何か、いつもと違うものを感じてすくんでいたら、いつものように井上先輩がやって来て、黙って俺の腕を引っ張った。

 もちろん、黙って従う。

 怖いから。

 いつものようにチョロシ君と言ってくれない。そのせいで、余計に恐怖心が募る。


「ヒロシ、一応聞いておきたいんだけど、もしかして野口さんの事が好きなの?」

 いきなり聞かれて驚いた。


「いいえ、まさか。グラビアアイドルの彼女と俺なんて恐れ多いです。そんな大それた事は考えていません」

 井上先輩のかわいい顔がゆがんだ。


「ねえ、ヒロシも今では雑誌のモデルをしているし、コマーシャル出演もしている。それも注目されているよね。そろそろ自覚してちょうだい」


「ですけど、僕は皆さんのおまけみたいなものです。雑誌だって、里見先輩のおまけです」

 井上先輩は俺の胸倉を掴んで乱暴に揺すぶった。

 かなり力があるので、頭がガクガク揺れた。


「おまけじゃないよ。5人を認めてCMに誘われたのよ。出たくて必死で売り込む人が山程いる業界で、おまけを出演させるなんて無駄な事をすると思う?」


 びっくりした。

 確かにそうだ。そんなこと、するはずがない。


 俺はずっと、自分はおまけだと思い込んでいた。

 でも、そうじゃないんだ。


「ヒロシが崇拝するような表情で見つめるから、野口さんがまんざらでもない顔していたよ。その気があるなら止めないけど、実は何も考えていないでしょ?」


 その通りで答えることが出来ない。

 野口さんはもちろん好きだ。きれいでかわいくて素敵な女性だから。でも付き合う対象として考えたことは一度もない。


「女子と付き合うなんて、俺には起こらないイベントで……」


 ぼそぼそと、そう言った傍から、さっきのスタッフの言葉が頭に浮かんだ。


『コマーシャルで話題になっているのは、ヒロシの片思いの行方』


 ああ、それ俺のことなんだよな。


「じゃあ、今から考えて。今のままの態度で女の子と接したら、ただのたらし。しかも自覚が無いひどい男だからね。逆に腹黒女子たちからすれば、無防備な獲物だよ」

 まさに、ガーンと音がするような宣告だった。

 何も言い返せない。


「ありがとうございます」


 俺は井上先輩にそれだけ言って、トイレに逃げた。

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