第6話 最後の刻印

 夏でもないのに、風が熱を帯びていた。

 午後の陽射しは雲を焦がすほど鋭く、街の至るところから、立ちのぼる蒸気がちらついて見えた。


 皇都フォルトゥナ——。

 いつもは整然とした石畳の道も、今日ばかりは歩く者の顔に、汗が滲んでいる。


 水売りの声があちこちから聞こえるなか、噴水は既に止まり、衛兵が「節水の指示が出ている」と警告していた。


 そんな中、四人の影が、真っ直ぐ王城へと向かっていた。


 アルセリオ、フィアリア、ドクル、そしてマックス。

 それぞれに無言で歩きながらも、表情には焦りと確信が滲んでいる。


ドクル(汗をぬぐいながら)

「……地熱が地上にまで……。ただの異常気象ではありませんね。」


フィアリア

「このままいけば、あちこちで自然発火が起こるわね。……最悪、爆発するかも。」


マックス(苦笑まじりに)

「ハハ……こっちは“火遊び”した覚えはねぇんだけどなぁ……」


アルセリオ(前を睨みながら)

「マルドュクが目を覚ました。……少なくとも、あの咆哮を聞いた今となっちゃ、ルドヴィクスに報告せずにいられねぇよ。」


 足音だけが、静まり返った通りに響いていた。

 かつてないほどに静かな皇都。

 不安と熱気だけが、確実にこの街を蝕み始めていた。


 そして彼らは、王城へと続く門をくぐる。


 一方その頃――、


「こちらへ避難してください!屋内へ!陽の当たらない場所を!!」


 広場では、レオナールが剣を背負いながら、声を張り上げていた。

 セレスとヴィクトルも、それぞれ路地を巡りながら、まだ屋外にいる市民たちを次々と避難させている。


セレス

「お年寄りはわたしが見るからぁ、お願いレオちゃ〜ん!」


ヴィクトル(呟くように)

「……この熱。奴が目覚めたのは、間違いねぇな。」


 だが、レオナールの足は、ふと別の方向へと向けられていた。

 それは——探偵社幻灯探偵社(ヴィデーレ・ファミリア)の方向。


レオナール

「……親父殿、ルリ……避難してくれてば良いが。」


 真っ直ぐな眼差しのまま、彼は足を速めていった。


 刻一刻と近づく破滅の気配の中、

 それぞれの役割を果たす者たちは、誰も立ち止まることはなかった。


  ***


タッ…タッ…タッ…


 ガチャッ


アルセリオ

「急用だ。勝手に入るぜ?」


ルドヴィクス

「この異常事態で、文句など言わぬさ。

 …その様子、そしてこの状況…なるほど、目覚めたか。」

 

「かの遺跡で何があったのか…詳しく聞かせろ。」


アルセリオ

「あんま時間はねぇから、所々要らねぇ情報はノータッチでいくぜ?」


 そう言うと、アルセリオは要点を踏まえた上で、ルドヴィクスに何があったのかを伝えた。


ルドヴィクス

「やはりな……マルドュクの目覚め、それによる異常事態…封印の解除を目的とした存在…。」


ルドヴィクス

「急を要するのはマルドュクの方だな。…ふむ。」


 ルドヴィクスは少し考えた後、とある問いを投げかける。


ルドヴィクス

「アルセリオ殿。…このマルドュク…倒せる自信はあるかね?」


アルセリオ

「厳しいな……が、まだ復活すると決まった訳じゃねぇ…はずだ。とりあえず、あと一つの印が解かれねぇ様にしねぇとな……」


フィアリア

「その事だけど…解かれたわよ…今。」


ルドヴィクス

「……フィアリア殿。それは事実かね?」


フィアリア

「嘘なんて言わないわよ。…私の深淵がまた揺れたの。

 これ、開いたわよ?魔界への入り口が。」


 常にあたりへ飛ばしていた深淵が、対象を捕捉した…


フィアリア

(この反応…もしかして……)


(…ふぅ〜やっと見つけたわ。さて、一体誰が印を解いたのか、見せてもらおうじゃない…)


 フィアリアは自らの力を使い、その場所へと視界を広げる。


─────

 とある森にて、二人の影が佇んでいる


フィアリア

(今までは上手く隠されてたから気づけなかったけど、最後の印だからか…気が緩んだようね…)


 刻印が刻まれた石を指で弾きながら、言葉を紡ぐ──、


ハイド

「これで最後だな。…他の印は呪的な解除が要るが…七つ目はこのルーン(刻印)が刻まれた石を奪取する必要がある…。

 最初は面倒だとは思ったが…そうでもなかったらしい。」


彼は石を手のひらで弄びながら、くるりと回して見せた。

 表面に刻まれたルーンは、他の印と異なり、“封じる”ではなく“告げる”意味合いを帯びていた。


アイダ(少し笑って)

「やっぱり、ちゃんと“選ばれた”場所だったのね。……王の記憶にすら、封印の鍵が預けられてるなんて。」


ハイド

「だが、皮肉なものだろう?

 封印を守る者たち自身が、印に導かれて動き回り…こうして、鍵をこちらに渡してくれる。」


 その目には感情はない。ただ、役割を楽しむ人形のような冷たさが宿っていた。


 そして彼は、刻印石を高く掲げる。


ハイド

「さて…入り口は開いた…後はこじ開けるだけだな。」


 そう言って、大地に出来たひび割れへ向かって、こう唱える…


ハイド

「〈ᚷ(ゲボ)〉は贈与の契、〈ᛒ(ベルカナ)〉は拡がる芽吹き……

 焔の王の名の下に、古の道よ、再び形を与えられよ──〈ᛞ(ダガズ)〉」


ドンッ!!!!


 ひび割れの奥から眩い光が差し込み、そしてその中からドス黒いオーラが滲み出てくる….


 そして、そのオーラの一部を切り取り、奪取に成功する。


ハイド

「……目的は果たされた。…此度はここで引くとしよう…。」


 男はの顔から、笑みが溢れる。


アイダ

「……ねぇ、ハイド兄。

 私達、見られてるよ?」


フィアリア

(………っ!?)


 何処かから覗くフィアリアと、ハイドのギロリとした目が合う。


ハイド

「覗き見とは感心しないな…はぁ、あまりの高揚に視野が狭くなったか…失態だ。」


 パチンッ…


 その音と共にフィアリアは強制的に戻される……

─────


フィアリア

「弾かれたわ………相当な手だれね。」


アルセリオ

「その様子……見た…のか?」


フィアリア

「ええ。二人の男女だったわ。…高身長の、険しい顔をした男と、小さな少女だったわ。」


ドクル

「まずいですね…これは、もう顕現するかも知れません……」


マックス

「……おい。あれ…なんなんだ?」


 マックスがとある方角を指差し、驚愕した表情で…震えた声をしながら言う。


 火山アールデンスにて、膨大な魔力を帯びた煙の様なものが、一つへと集まり…形を成す。


 禍々しい残滓が空を仰ぐ様にして、深く…息を吸い込む……


 そして、その瞬間――


 大地の底より、六度目よりも遥かに強烈な、灼熱と呪詛の咆哮が天を突き破るように響いた。


グオオオオォォォォォォオオオオオ!!!


 それは、全ての封印が解かれたことを告げる、《憤怒》の雄叫びだった。

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2026年1月14日 18:00 毎週 土曜日 19:00

探偵の幻夢録(ヴィデーレ) 由隆大夢 @videre

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