第三節 記憶の回廊
見慣れた窓から…曇った空が垣間見える。
アル
「おはよう……。」
──アルはすぐさま異変に気付く…。
アル
「あれ…?今日はお父様も居ないの…?」
レイファ
「えぇ…。最近忙しそうにしているでしょう…?急用が出来て…居ないのよ…。」
レイファ
「さっ!さっさと食べましょ!!
いただきまーす!!」
──元気そうに食べ始めるレイファだが…明らかに震えを隠せていない事が見て取れる…。
アル
(おかしい…。お母様…前よりもっと分かりやすく震えてる。
今日は天気も悪いし、憂鬱だなぁ……)
アル(笑顔で)
「今日は、お庭に出て、遊ぼうと思うんだ!お母様も来る〜〜?」
レイファ
「ごめんなさいね…アル。今日は外出が出来ないのよ……。
だから、お家で遊びましょう…。……ね?」
アル
「分かった……。お家で遊ぶ…。」
アルは目に見えて落ち込んだ…。
***
──そして、その頃。
夜の石造りの城塞。窓の外に満ちるのは、雲に隠れた月と、沈黙だけだった。
静まり返った廊下を一人の男が歩いていく。
ダグラス
「……やはり来るべき時が来たか。ならば、イゼルロットの矜持、見せてやろう……」
誰もいないはずの闇の先に──赤い唇をした妖艶な女が現れる…。
???
「……ふふっ。貴方は〜~……私を殺すのかしら…?こんなに、ひ弱な女を……」
ダグラス(冷笑して)
「ハッ。……どの口が言う。これだけ血の匂いを身にまとっておいて…」
???
「あら……“分かる”のね。珍しいわ。私の“本質”を見抜けたの、貴方が初めて。」
ダグラス
「貴様が…“あの石”を屋敷へ持ち込んだのか?」
???
「……さぁ、どうかしら。“その子”に訊いてみれば?ふふ……」
女の体が、歪む。まるでその中に別の“ナニカ”が潜んでいるように。
ダグラス
「ならば、話は早い……もう一度、地の底へと押し込めてやろう」
静寂の中、ダグラスが静かに剣を抜く。
──その刹那。
ダグラスの剣から、淡い黄金色のオーラが舞う…。
それは、まるで風に花弁が舞うように──儚く、美しい光だった。
???
「……っ!この程度の情報から分かっちゃうのね…。やっぱり危険だわ…貴方。」
その言葉を最後に、ふたりの姿は、闇に呑まれる。
…………。
***
アル
(今日のお屋敷、なんだか重苦しいな…。窓もカーテンも玄関も全部閉まってるし…)
(あっ……。レオ兄だ…!)
「レオにっ……。」
レオ
「……を……しておけ。……対に……するなよ…に……だぞ…。」
アル
(何か話してる…邪魔しないでおこう…。)
***
アルは廊下をトボトボと歩いていた。
アル
(……やっぱり変だ…。僕が通っても、誰も目を合わせてくれない……)
いつもは気さくな使用人たちも、すれ違っても微笑みかけることなく、俯いたまま去っていく。
アル
「……ねぇ、マリアおばさま。レオ兄、何かあったの……?」
マリア(少し声を詰まらせ)
「……坊ちゃま。あまり、奥には行かない方が……」
アル
「どうして?僕、兄様に会いたいだけなのに……」
マリア
「……いえ、失礼いたしました」
マリアはそれ以上何も言わず、そそくさと去っていく。
アルは、ぎゅっと拳を握りしめ、扉の向こうへと歩を進める。
***
──執務室の前。
扉の向こうから、誰かの低い声がかすかに漏れ聞こえる。
???
「……厄介なことになったな……まさか、ここまで手が回っているとは……」
その声に聞き覚えはない。けれど、どこか冷たい響きが、アルの背中に悪寒を這わせる。
そして、扉が音もなく開き、コールが姿を現す。
コール
「……アル坊ちゃま。ここは……お立ち入り、なさいませんよう。」
アル「……お父様は?」
コール
「ご安心を。公爵様は、必ず……お戻りになります。」
その「必ず」の言葉が、まるで“そうでない未来”を否定するように聞こえて、アルはただ頷くことしかできなかった。
***
──その頃、どこか遠く。
言葉では形容できない“闇”が、ゆっくりと蠢いていた。
???
「……まだ、踊り足りないわ……。」
ダグラス
「奇遇だな…。私もちょうど、そう思っていた所だ…。」
揺らめく黄金が…先程よりも猛々しく輝く…。
???
「……っ!?その力……。」
彼女はダグラスから、かの者の影を視る…。
???(少し自嘲気味に)
「…なるほどね…。これもまた"運命"…なのかしら。…それなら、リベンジマッチと致しましょう…」
彼女にとって、それは敗北の記憶。
だからこそ、今この瞬間は──“運命”としか、言えなかった。
ダグラス
「""《闇夜を打ち消す
黄金の識らべ(ダグリュール)》""」
果てなき暗闇を…消えぬ黄金が斬り裂く。
***
廊下の奥。屋敷でも誰も近づかない古びた扉の前に、アルは立ち尽くしていた。
アル
(……そういえば。兄様と最後にかくれんぼしたの、あの部屋だったな……)
誰かに止められるような気がした。でも、今は何故か……行かなきゃいけない気がした。
(ゆっくりと、扉に手をかける)
ギィ……
薄暗い部屋の中。埃をかぶった本棚、破れかけた帳面、そして──、一冊の絵本。
アル「……これ……」
それは、レオがかつて読んでくれた、あの絵本だった。
表紙にはうっすらと煤けた指跡と、まるで何かを隠すように、ページの一部が破られていた。
そして…ページの隙間から、もう一枚、別の紙が覗いている。
アル「……?」
引き抜くと、そこには手書きの文字──震えるような筆跡で、こう綴られていた。
『魔石を見た。あれはただの石じゃない。……あれを手にした者が、狂う。』
『それを屋敷に持ち込んだのは──誰だ……?』
ページの隅に滲む赤い染みが、何かを物語っている。
アル「…………。」
部屋の外では誰かの足音が近づいてくる。
???
「……そこに、いたのね。アル坊ちゃま」
アル「……っ!?」
アル
「な、なぁんだ……マーサか……。びっくりさせないでよ。こんな所で黙って立ってたら、幽霊かと思うじゃないか……」
(そういえばマーサって……昔から、どういうわけか足音を立てないんだよな……まるで、影みたいに)
マーサ
「それは失礼致しました…。それ、見ちゃったんですね…。あまり、面白く無い話だと思いますが…。」
アル
「たまたまね。それで?この"魔石"って何のこと…?やっぱりお父様達に何かあったの…?」
──アルはいつも見てきたレオ兄の様に、自身の感覚のままに探りを入れる…。
マーサ
「……坊ちゃま。これは、あくまで“誰かの妄言”だと思って聞いてくださいね。」
アル
「どうして?」
マーサ
「そうでなければ、あの人たちが信じられなくなってしまうでしょう……。あの人たち――あなたの、お父様やお兄様たちが」
アル
「…………」
(マーサの声は、静かで優しい。それでも……その言葉の裏に、どうしようもない“諦め”の色があった。)
マーサ
「“魔石”とは……かつて、大戦の折に生まれた、呪詛の結晶。心の隙間に入り込み、人を狂わせる力があると、昔からそう言われております。」
アル
「呪詛……の結晶……?」
マーサ
「ええ。……ですが、それは“通常の魔石”とは性質がまるで違うものです。
あれは長らく、寓話や神話の中だけに在る呪いでしたけれど、最近、誰かがそれを“現実”に持ち込んだのです。」
アル
「…………誰が……?」
マーサ(視線を逸らしながら)
「……それは、私にも分かりません。でも……」
(そこで、マーサはふと、微笑む)
マーサ
「坊ちゃまは……ご自分で知りたいのですね?」
アル(はっとして、マーサの目を見つめる)
「うん。だって……皆が何かを隠してるの、分かるから……」
マーサ(小さくうなずいて)
「……では、もうすぐ“その時”が来ます。どうか……お気をつけて、坊ちゃま」
マーサ(静かに)
「“記憶”は、時に、真実よりも……恐ろしいものですから」
アル「“その時”…って……」
けれど、マーサはそれ以上、何も語らなかった。
***
──その夜。
アルが眠る部屋の窓の外。木々が不気味に揺れている。
その闇の中に、赤い瞳が一瞬だけ、光を放った。
***
──とある回廊の奥で……
アルは、あの古い書庫の中で、ぼんやりと揺れる光を見つめていた。
アル
(……さっきの夢……何だったんだろう……。剣を構えた男の背中が、頭から離れない……)
(ページの隅に描かれていた、金の光。あれは……)
ゆっくりと、アルは窓の外を見つめる。重たげな雲が、灰色の空にのしかかっていた。
アル
「……この空……どこかで、見たことがある気がする……」
そう呟いた時、不意に風が吹き、机の上の絵本がぱらりと捲れる。
──その一頁に、こう記されていた。
『記憶とは、魂の回廊を歩く旅。
かつて在った者の想いは、やがて次代へと届く。』
アル(……これって……)
ページの傍らに、かすかに残る指跡──大人のものだ。アルはそっとその上に、自分の小さな手を重ねる。
アル
「……これ、もしかして……お父様……?」
誰かの記憶が、自分の中で目覚めていく。声にならない何かが、胸の奥で脈打っていた。
そして、静かに視線を上げると…。
見慣れた本が目に留まる…。
本棚の隙間に挟まっていた絵本──”黄金の剣士”。
あのときのまま、少し煤けて、でも優しい絵が描かれている。
アル
「……やっぱり、これは……父様なんだ」
──そう思えた瞬間、どこかで“何か”が繋がった。
それは、剣ではない。意志だ。
アル
「……大丈夫。僕、きっと……行ける気がする」
──アルセリオは知らない。
今、この瞬間、彼は《記憶の回廊》を渡ったのだ。
かつて、ダグラス・フォン・イゼルロットが歩んだ道を──、
これから、彼が受け継いでいくその意志を──。
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