第7話 体育館のボール
体育の授業は、蓮にとって憂鬱な時間の一つだった。特に球技は最悪だ。不特定多数の生徒の汗や汚れがついたボールを触らなければならない。連にとっては、ボールに触れること以外でも他人が自分のもの服やペン、教科書などを触れる行為や借りる行為は絶対に無理だった。
今日の授業はバスケットボール。先生からボールを渡された生徒たちが、楽しそうにパス回しを始めている。蓮はコートの隅で、持参した使い捨ての薄いビニール手袋を装着しようとしていた。
「また手袋するの?」
隣にいた健介がニヤニヤしながら聞いてくる。
「そんなに汚いかよ、俺らが触ったボール」
「…気にしないで」
僕は手袋の口を閉じながら答えた。この手袋が、僕と世界を隔てる透明な壁だ。授業が始まり、ドリブルの練習が始まった。僕は手袋越しにボールを触るが、やはり直接触れるよりも感触が鈍い。素手ならもっとうまくできるのに、というもどかしさがあった。それでも、練習を重ねるうちに、なんとかボールをコントロールする方法を掴み始めた。人より時間はかかるが、集中すればできないことはない。ボールが手から滑り落ち、床を転がる。
「ほらよ、高遠!」
健介が僕に向かってボールをパスしてくる。僕は慌てて手袋をはめた手でボールを受け止めた。
「そこそこやるじゃん」健介が少し驚いたように言った。
その時、葵が僕の近くに寄ってきた。彼女は僕の手袋を見て、少し複雑な表情を浮かべる。
「蓮、私と一緒にパス練習しよ!」
葵は僕から少し離れた位置に立ち、ボールを要求した。僕は手袋をしたまま、彼女にボールをパスする。少しコントロールが鈍いながらも、狙った場所に正確にパスを出すことができた。葵は笑顔でボールを受け止めた。
「上手!やっぱり蓮は運動神経いいんだから」
「……ありがとう」
僕は少し照れくさくなった。手袋をしているから安心、というのもあるが、パスをしてくれたのが葵だからという安心感の方が大きかった。
「そっか」葵は少しだけ満足そうに笑った。「じゃあ、私がいっぱい練習相手になってあげる!もっとうまくなっちゃえ!」
そのときだった。体育の先生に手袋をしてることをバレてしまい、「高遠、なんで手袋してるんだ」と声を掛けて来た。
「高遠、なんで使い捨て手袋してるんだ。体育の時は必要か?」
「はい、必要です…。」僕は、気不味そうに言う
「何故だ。まず、授業に関係ないものは学校に持って来たら駄目だったはずだぞ?」と少し不思議そうに切れてた。
「授業に関係あります。僕は、他人が触れたとこは絶対に素手では触れられないんです。」と僕は言ったが体育の先生は許してもらえる感じではなさそうだった。
「触れられない?何言ってるんだ。触れられるだろ!」と理解してもらえなかった。
「……、それならずっと見学っていう形で体育の時間受けたら良いですか?」
「そこまでは言ってないだろう?高遠。」
「なら手袋は許してください…。お願いします!」
「今回は許可するが、次回から許可するかは他の先生に相談してからだ。」
「あ、はい!分りました!先生ありがとうございます!」と言い、葵とパス練習の続きをし始める。
葵は僕と何度もパス練習をした。最初はおぼつかなかった僕のドリブルも、練習の最後には少しだけスムーズになっていた。僕の手袋は、確かに「汚い」世界から僕を守ってくれていたけれど、葵の笑顔と彼女が触れたボールの感触は、その手袋越しでも僕の心を温めてくれた。
僕の潔癖症は治っていない。でも、手袋をしていても、葵との距離は縮まっている。そんな不思議な感覚を覚えた体育の授業だった。
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