第5話 秘密のトラウマ
放課後、僕と葵はいつものように一緒に帰っていた。学校での出来事や、週末の予定について話しながら、他愛もない時間を過ごしていた。
「蓮って、意外と高いところ苦手なんだね。」
葵が今日の体育の時間を思い出して言った。跳び箱の授業で、僕が少し緊張していたのを彼女は見ていたのだ。
「うん、まあね…」
僕は少し照れくさそうに答えた。高いところが苦手なのは、誰にも言っていない秘密の弱点だった。
「なんか理由とかあるの?」
葵は純粋な目で僕に尋ねた。無理に聞き出そうとするわけではなく、ただ知りたいと思っているのが伝わってきた。
僕は少し迷った。この話を誰かにするのは初めてだった。でも、葵になら話せるかもしれない、そんな気持ちが湧いてきた。
「…小さい頃にね、遊園地で迷子になったことがあるんだ」
僕は言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。
「遊園地?」
「うん。すごく賑わっていて、人もたくさんいたんだけど、一瞬親とはぐれちゃって。その時、高いところに上るアトラクションに乗ってた近くで迷子になったんだ」
「迷子になってたんだ。」
葵は意外そうにそう言った。
僕はその時のことを思い出した。大勢の人の中で一人ぼっちになった心細さ、そして周りの高い建物やアトラクションが、まるで自分を置いてきぼりにするかのように高くそびえ立っているように見えた恐怖。
「どこを見ても大人ばかりで、自分の小ささをすごく感じて…その時の怖い記憶と、高いところが結びついちゃったみたいで。」
葵は黙って僕の話を聞いていた。そして、僕が話し終えた後、彼女は何も言わずに、僕の手をそっと握った。
「そっか。そんなことがあったんだね…。」
葵は静かな声で言った。
「それは怖かっただろうね…。」
彼女の優しい声と、温かい手の感触が、僕の心をじんわりと温かくした。
「でも、今の蓮はもう小さくないし、それに私だって隣にいるよ?」
葵は少しだけ顔を上げて僕を見つめた。
「もう一人で迷子になることもないし、蓮が怖がらないように、ちゃんと手を繋いでてあげる。」
「そ、それはちょっと…。葵でも長時間は、抵抗あるかも…。」
「えぇ…。そっか。でも、使い捨て手袋したら行けたりしないの…?」
「それは分からない…。でも…、短時間なら出来る…。」
と言いながら、頻繁に手を消毒しまくっていた。
「ずっと、してるね。消毒…。」
「あぁ、つい癖で…。」
「そっか、手荒れするよ…?もうカサカサしてるかもね…。ちゃんとハンドクリームも塗らないとだよ?」
と言って心配してくれていたが、僕はハンドクリームのベタベタする液体もかなり嫌いだった。
「ハンドクリームはベタベタするから嫌だ…。」
「そっか…。」
と言いながら僕のカサカサな手元を見つめていた。
そうやって、下校してるときに、僕の心の中にある、温かい光が灯った気がした。トラウマが完全に消えるわけではないけれど、隣にいる葵の存在が、僕の世界を優しく包み込んでくれている。秘密を共有できたことで、二人の距離はまた少し縮まったように感じた。
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