第2話

 どれ程そうしていたのか。

 男は座ったままの姿勢でのろのろと顔を上げぼんやりと目の前にある鍾乳洞を見ながら、ふと昔のことを思い出した。

 この場所に初めて訪れたのは私がまだ十歳の頃、祖父が父王にも明かさずにいる場所だがと連れて来てくれた。ここが秘めたる場所なのかとワクワクしたのを覚えている。

 従者も連れず洞の最奥へ進み一際太く大きな鍾乳石の前で止まり、その石に直接片方の手の平を付けて触れ何か小さく言葉を発しているのを隣でじっと見ていた、祖父の口が動く度吐く息が白く出るのが面白かった。

 そしてそれが済むと足下にある黒い板を拾って城へ戻る、のちにその黒い板が黒曜石と呼ばれ素晴らしい強度を誇るものなのだと知った。先先代の王であった祖父が亡くなり跡を父が継いだけれどこの場所のことは知らせず、どうしても物が必要だと言う場合に限り私が用立てていた。

 父からは何度かこの場所について聞かれていたものの祖父との約束だからと伝えず撥ね除け続けたが、その結果私の代でこのザマだ。

 ジジ、そんな音に気づいて地へ付けた膝の左上を見ると、消さぬようにとここまで守ってきた松明の火元の上に雨で濡れて重くなった外套の大部分が被っていて、しまったと思ったが遅く辺りから完全に火の気が消えた。

( ――終わった )

 そう本気で思った、途端に下から怖気が駆け上りピッと洞の中の気が張り詰める。

” 愚鈍の王よ、貴様は我を滅する者か “

 謎の声に不意を突かれ問われたことだが躊躇せず違うと答えた自身の声に跳び起きた。

「寝、て、いた」

 いやと思い直し目の前、松明の先の火元へ指を伸ばす。

 ジュ熱っぅ、皮膚が焼ける。雨に濡れて冷えた指先であってもこれだけ熱さを感じるなら寝ていたとしても一瞬か、さほど刻が過ぎてはいないか。とここまで考えて妙なことに気がついた。

 松明の火が消えた時、私の周りは暗闇に包まれた筈それは確かだ。それなのになぜ今、私は迷わず松明のそれも火元であった所へ手を伸ばすことが出来たのか、ぼんやりとだが手元を照らす光源を探し視線を僅かに上げて目にしたものに体軀が引き攣ると動かなくなる。

 鍾乳石であるスタラクタイトの表面の色はずっと乳白色だと思っていたけれど違っていたようだ、目の前には洞の天井と地の間を繋ぐ太い一本の柱があるのだがその鍾乳石の上から三分の二の辺り、一点を中心として上と下へ黄赤色の淡い光がゆっくりと拡がっていた。

 石の内かほかに光を放っている柱はない。

 コトリ、微かな音をたて固い地に落ちたのは見ている光と同じ色の鱗だった、それが暫くすると色が抜けて黒い物体となった。

 改めて自身が座る下に散らばる物を見る。黒曜石が何かなどそもそも考えたこともなかった今初めて認識をしたと言って良かった。

「楽に死なせぬ」

 不意に意識が巻き戻り態と急所を逸らせて腹を刺した者の様子だけが浮んだ、いくら考えてもその者の顔を見た覚えがなかった。上目で強く睨まれた、それはわかったけれど特になんの感慨も無く何をそんなに怒っているのだと思うに留まった。その後すぐに背中をドンと体が動く程の勢いで押されたまでは覚えている。

 次に気づくと片膝を床へ付き抜き身の剣に体を預け荒い息を吐いていた。

 周りに血を流して倒れている者が二名いたが一瞥を与えて終わり開かれたままの扉の向こうには、ざっと見ただけでも十名が剣を構えこちらの隙を窺っていた。居城が攻め込まれていること敵を引き入れた者が城内にいてそれがここ寝所まで来ていること、自国の紋を身に纏う者が先導する集団を相手にわかったところで何だと言うのか。そう思うと笑えた。

 背と腹を同時に刺されてから刻が経ち雨に濡れているうえ洞の中も思いのほか凍え、残された刻が幾ばくかと馳せこれが最期かと考えながら短く息を吸い込んだのだが失敗し噎せた。

「ひゅっ、ごっごほ、ごほ」

 涙目になりながら端座する私と同じ目線の先にぬっと柱から横へ張り出し二段に積み重なった鍾乳石の塊があることに気づく。

 そこに手が伸びたのは無意識だった。

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