竜の生きざまと愚鈍の王の死にざま

@like-M-and-D

第1話

 コトリ、微かな音をたてて固い地に落ちたのは横赤色の光る鱗だ。鱗は竜の体から離れると役目を終えたとばかりに輝いていた光が上へ蒸発するように消え、只の黒い物体となった、コトリとまた落ちる。

 暗い洞の奥にぼんやりと浮かび上がる竜の輪郭は大きさこそ完璧であったものの体の所どころは光の無い箇所がみられ、それは日を追うごとに広がっていた。本来の鱗が残っているのは四割ぎりぎり五割あるかどうか。

 外の生き物の気配もない閨で正面から吹いて来た風は雨の匂いと湿気を孕み、地に付けた脚から乗せた頭をもたげる気すら奪ってゆく。

 ”何もかも億劫だ”

 動かずにいても鱗は落ちた。この事象を止める術を持ち合わせていない竜は必ず訪れるだろう最期の刻を唯、静かに待っている。

 ジャリ、地を踏み嫌な風と共に洞へ現れたそれは我の息が掛かる場所の傍らまで来ると動きを止め、辺りはまた静かになった。



 暗い鍾乳洞の最奥で男が一人立っていた。

 雨に濡れズシリと重い頭巾も腿の途中まである丈長の外套も脱ぐ素振りすらない、左手で持つ松明の火を消すまいともう片方の腕を胸元まで上げ丈長の外套の袖から下、裾を壁に見立て上半身をできるだけ前に屈め松明の全てを覆い隠すようにして囲いそろそろとここまで歩いてきた。

 腕を上げていることで男の態が見てとれた、辺りが暗いと言うだけではなく松明を持つ手の甲や指、痩せこけた頬と虚ろとも見える両目。その全てが青褪めていて深い疲労が滲む。腰に剣を帯刀している所を見ると戦かと思い当たり遁走中であることがわかった。

 コトリと地に落ちた物が跳ね返り既に感覚を失っている足の側面へ当たったのが尖頭靴越しでもわかる、流れで視線が釣られ足元へ促された。足下にあるのは自身の手の平より一回り小さいけれどそれでもなかなか見ることのないサイズの黒曜石が無数に落ちていた。

 それは少しでも足を動かすと重なった部分の石同士が擦れてギギと音をたてる。

「うぅぅ、うぅぅ」

 ポタ、ポタと落ちたのは涙。

 呻くが声は上げない、泣けばそれだけ体力が削がれることも当然わかっていたが一度身の内から溢れた感情は堰をきる。鼻水が出ようが口の端から涎が垂れようが構わなかった。

 松明の火や黒曜石の上にも靴にも涙は落ち僅かに開けた口からは短く切れた息が漏れるのみ、咽に声を詰まらせながら泣いた。

 (自身の愚かさに気づかず目先の欲を取るから―こう言う目に合う。今更だが国や民、義理だとしてもこの歳まで共にいた伴侶と子供達まで全てを失ってからわかるとは)

 (黒曜石の所有権が有るのは吾が国のみぞと他国に対して豪語していたし城の者へも同等の接し方であったのも否めない。比喩と実、家臣の二人に背と腹を同時に貫かれて刺されても、なぜだとしか思わなかった)

 この鍾乳洞を逃げ場に選んだことに理由はないが着く頃になって漸く自身の言動そのものが稚拙で愚かであったせいで反発反感をかったのではないのかと思い付き、馬鹿すぎるわ、と考えられるようになった。

 自分に呆れている中、もう立っているのも無理なのか体は下へ垂直に落ち両膝を同時に地へ打ち付けると腓の上に上体を腰ごとストンと下ろし、横に倒れることなくその場で端座した。

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