作戦
「確認できなかった。あの言い伝えはただの言い伝えであって真実ではないかもしれない」
昼過ぎであっただろうか。男がハク湖から戻ってきた。格好はそのまま。野球帽にサングラス、マスクといった格好のままだ。
「そうでございましたか。それはそれは。ところでお客様、ハク湖でのあの伝説の生き物についてどう確認しようと思ったのですか」
唯野は疑問に思っていたことを素直に聞いた。伝説の生き物、空想上の生き物といったものはこの世の中に数多く語り継がれているが、あくまで伝説であり空想だ。確認しようと思った人はいるかもしれないが確認方法が分からない。
そもそも発見されてしまってはそれは伝説でも空想上の生き物でも無くなってしまう。
「あぁ、そのことだが。行けば見れるんじゃないかと。実は何も対策をしていない」
なんだ、対策なしで当てずっぽか。唯野は呆れた。しかしお客様の前であり唯野は仕事中。その呆れた表情をお客様の前に見せないようにした。
「お客様。これはあくまで私の考えであり、必ずといった方法ではないのですが、少し伝えさせていただいてもよろしいですか」
唯野にはここで働いていく中で学んだ一つの考えがあった。いや、考えといっても大したことではない。語り継がれている伝説、それに似た状況を再現するのだ。登場人物の状態、時間帯、人の有無などといったことを。
「お客様はハク湖の伝説をよく知っていますか」
「そりゃ知っているさ。男がハク湖にいる龍だったか大きな魚だったか、とにもかくにも生き物に丸呑みにされてしまうんだろ」
「ええ、お客様の言う通りです。そこでです。私の考えとしてはその伝説が起きたであろう状況に少し似せることができれば起こるのではないかと」
「ほー。で具体的にはどうすればいいんだ」
お客は唯野の考えに食い付いてきた。
「まず、時間帯は朝方。人がいない時間帯がよろしいかと。そうですね、朝4時くらいですかね」
あの伝説では時間帯について詳しくは書いていない。朝方ということしかわかっていない。しかし朝4時なら人はいないだろう。
「あの伝説には時間帯について明確には書かれていないのですが、人がいない朝ということは分かっています。なので朝4時くらいに訪れればよろしいかと」
「ほう」
「続いてですが、飲み込まれてしまった男、その男は少し風邪を引いていました。その男は風邪からくるくしゃみをハク湖にしてしまったためにハク湖から大きな生き物が出てきて飲み込まれてしまった。ならばお客様もその男になりきった方がよろしいと思うのです」
風邪を引いてくださいといって風邪を引けるのならどれほど良かったのだろうかと小学生時代は思っていた。しかし現実は甘くない。風邪というのは引きたい時に引けず引きたくない時に引くものである。
「風邪を引くって言ったってね。そんな難しいことできるわけないじゃないか。仮に私がすぐに風邪を引く能力を持っていたらすぐ使っているさ。仕事だってすぐに休むことができるからね」
そうなのだ。風邪というのは嫌なことから一時的に逃げることができる症状なのだ。まぁ逃げられるが風邪による嫌なこと、例えば鼻水や頭痛、場合によっては吐き気なども連れてくる。引き換えとしてうまく天秤が釣り合っているかどうかは分からないけれども。
「はい。それは私も分かっております。ただ本気で伝説の生き物を見るには相手をより深く知り相手になりきることが必要なのではないかと。私は思うのです」
お客様はうーんとうなった。その後納得したのだろう
「分かった。俺は風邪を引く、サングラスやマスクやらもつけない。で一つ質問なのだが、飲み込まれた男は若かったのか?年寄りだったのか」と質問をした。
伝説の生き物に飲み込まれたのは女ではなく男であることは分かっている。でもその男がどのような年齢であったのかは分かっていない。
「それはですね。分かっていないんですよ」
唯野は正直に答えた。
「そうか。まぁ当時着ていたであろう服を着て風邪を引いた状態で朝方誰もいないハク湖を訪れる。そしてハク湖に向かってくしゃみをする。そうすれば伝説が真実になるかもしれない。よし、俺は風邪を引くまで今泊まっている部屋を借り続ける」
風邪を引くまで部屋を借り続ける。この客はハク湖の伝説への本気度が違う。唯野が言った正しいか正しくないか曖昧な作戦も受け入れ実行しようとしている。
「すまんが今泊まっている部屋を無期限で貸してくれ。代金はちゃんと払うからな」
「お客様、ありがとうございます」
「とりあえず1週間分後で払いにくるよ」
そういうと客は自室に戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます