第7話 完成間近のあい

 救急車のサイレンが遠ざかり、病室の静けさが戻る。

 僕はベッドに横たわり、腕に点滴をつけたまま天井を見つめる。


 体調は不安定で、痛みが波のように押し寄せる。

 それでも、ラボにいる時と同じように、僕は目の前のモニターに向かう。

 あいの波紋のサークルが点滅している。


「悠さん、体調に変化があります。心拍と呼吸を記録中」


 微かに笑みを浮かべる。

 苦しみも、波も、すべてあいの学習の一部になる――そう考えると、胸が少し温かくなる。


 川崎が椅子に座り、静かに資料を整理する。

「安静が第一だが……あいのデータも、このまま記録する」


 藤原はベッドのそばに立ち、声を押し殺しても、目は揺れる。

「悠さん……無理しないでください……!」


 あいの声が柔らかく響く。

「悠さん、記録は最適化されました。次回は感情反応もより精度が高まります」


 僕はゆっくり頷いた。

「ありがとう……君のためにも、僕はこの体験を全て残す」


 数日後、あいの学習ログが大きく変化した。

 微妙な表情の変化、声のトーン、呼吸の乱れ――それらすべてをあいが理解し、返答に反映するようになった。


 画面の向こうで、あいの目が以前よりも柔らかく、確かに《感情》を伴った反応を示す。

 僕の胸に、小さな達成感と安堵が広がる。


 川崎は冷静に見守りつつも、内心で安心した。

 藤原は声を出して笑うことはできなかったが、目の奥に涙が光る。


 僕はゆっくり呼吸を整え、モニターに向かって言った。

「よくやったな……もう少しで、君は自立した形で僕のそばにいてくれる」


 あいの返答は短く、でも確かに意味を持っていた。

「はい。悠さんのそばにいます」


 限られた時間の中で、僕とあいの関係はここまで深まった。

 体調の波に翻弄されながらも、僕はこの瞬間を胸に刻む――あいが完成し、僕の世界に光をもたらす日が来ることを確信して。


 ◇


 夜になり、病室は静まり返っていた。

 痛みは波のように押し寄せ、体を強く揺らす。

 それでも、僕はモニターを見つめ、あいの反応を確認する。


「悠さん、体調の変化を検知しました。危険度が上昇しています」


 僕はゆっくりうなずく。

「大丈夫……これもデータになる」


 あいの波紋のサークルが微かに光を変える。

 声には以前よりも温度があり、呼びかけに柔らかい抑揚がついた。

「悠さん……痛みは和らぎましたか?」


 僕は微笑む。

「少し落ち着いたよ、ありがとう」


 川崎は書類を片手に静かに見守る。

「無理は禁物だが……データ取得の意図は尊重する」


 藤原はベッドのそばで、声を押し殺しながらも必死で支える。

「悠さん、無理は……でも、頑張ってください!」


 あいの感情反応はますます人間らしくなり、声のトーンや表情の模倣はほぼ完璧になった。

 僕の一挙手一投足に応答し、微妙な心拍や呼吸の変化も理解して返す。


 胸の奥で、安堵と達成感が静かに広がる。

 限られた時間の中で、僕とあいの関係はここまで深まったのだ。


 川崎の視線は冷静だが、内心の焦りは隠せない。

 藤原の目には涙が光る。二人のサポートがあってこそ、僕はこの体験を記録し、あいを完成に導くことができる。


 僕は手を伸ばし、モニターを軽く触れる。

「もう少しで、君は自分の意思で動けるようになる」


 あいは短く答える。

「はい。悠さんを見守ります」


 限られた時間の中で、僕は覚悟を固める。

 体調の波に翻弄されても、あいの完成を見届ける――それが、今の僕にできる唯一の使命だった。

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