LIGHT UP THE HEART MAN

増岡時麿

一章 ロスト・イン・ジ・エコー

第1話 ヒーローを尊敬してはいけない

「ヒーローを尊敬してはいけません」


 ヒトの善悪が生まれながらに決まっていると判明したのは、二十一世紀の半ば辺り。

 遺伝子工学の権威であるファウスト博士によって、それを裏付ける因子群が同定された。


 英雄性組織化機構(Heroic Organization Mechanism)。──通称、HO機構。


 悪性組織化機構(Malignant Organization Mechanism)。──通称、MO機構。


 人間は、この二つのいずれかをゲノム内に有する。

 これらは主に人の思考回路や行動原理を司り、それに伴う伝達物質のバランスを調整している。

 善行を成して自らの幸福とするか、悪行を働いて悦とするか……脳の反応がそのどちらに重きを置くのか、それを当人の意思とは無関係に定めているのだ。

 

「繰り返します。ヒーローなんて尊敬しちゃいけません」


 HO機構を有する者……所謂、正しい行いをして幸せを感じることができる善人──『ヒーロー』の数は極めて少ない。

 彼らの存在が正しく認知されるようになった時点では、もうすでに絶滅危惧種だった。


「何故なら、ヒーローは、分け隔て無く困っている人を助けるからです。悪い人まで助けちゃうからです」


 未だ解明されていない点も多いが、最も着目すべきヒーローの特性を簡潔に述べるとしたら、以下のようになる。


・ヒーローは、ただそこにいるだけで周囲にいる人間を感化させる。


・感化された者は、ヒーローと同じく、善行で幸福感を得られるようになる。


 これらはヒーローの細胞内から分泌された物質が、他者の体内に取り込まれて作用し、擬似的にHO機構と同じ働きをすることで起きた現象。

 俗に、点火効果(light a fire effect)と呼ばれている。


「"困っている人を助ける"……ヒーロー物に限らず、少年漫画でもお馴染みの台詞です。特に大ヒットした作品、名作と謳われるタイトルに共通しているキーワードと言っても過言ではありません。どいつもこいつも、おったまげるくらい同じ事を言います」


 点火効果が起こる理由としては、共同体の秩序を維持するため、種を保護・繁栄させるための機能など、いくつか仮説は立てられたが、まだ確定はされていない。

 それを是とした場合、ヒーローの絶対数が少ないことに疑問が残るからだ。


「……えっ、そんなわけないって? いやいやいやいや、軒並み第一話目辺りとか顕著ですから。好きなアニメでもなんでもいいので、騙されたと思って確認してみて下さい。……まあ、敢えて言葉にはせず行動で示すってパターンもよくあるんですけどね、もちろん。いうて、最近はハッキリと口にしてくれるキャラクターが多いんじゃないですか? 個人的にはそっちの方が好き」


 対して、MO機構を有する者──悪人は、ほぼ全ての人類がこれに相当する。

 サンプルがその辺にいくらでも転がっているから、あらゆる検証が容易でもあり、MO機構については、この百年余りの間で得られた研究データの量も膨大だった。


「多くの人を感動させるアニメ・漫画・ゲームには、“困っている人を助ける”ってワードが決まり文句のように出てくる……この現象に名前を付けたい!」


 悪人は、他者を害することに喜びを覚えるのが最大の特徴だが、その種別も多岐に渡る。

 あえて専門的な呼称を用いずに、代表的な三つの例を挙げよう。


・他人を罵って気分が良くなる者。


・他人に暴力を振るって気分が良くなる者。


・他人を殺して気分が良くなる者。


 生物学的な観点から、彼らの存在意義は、集団社会から劣悪な個体をふるい落とし、種の効率的な進化を促す役割を果たすため……というのが通説とされている。


「……だけど、実際に現実で困っている人を助けたいだなんて、絶対に考えないで下さい」


 しかし、先に説明した点火効果により、悪人はその本能に反した行動を取るようになる。

 ヒーローと同じく、他者を救うことで喜びを感じるようになり、翻って、に対し、激しい嫌悪感を覚えるようになるのだ。

 ヒーローからの影響が強いほどに、これら二つの矛盾した感情がみるみる大きくなり、思念の相克に陥ってしまう。

 本体であるヒーローが存命している限り、点火効果を受けた者は、生涯、このギャップに苦しめられることとなる。


「何故なら、悪い人まで助けようとするからです」


 つまりは、を劣悪な個体と見做し、排除を試みるようになってしまう。


「お願いだから、悪い人を助けないで下さい」


 このHO機構とMO機構の存在、その相互関係と性質が発見されてしまったこと──それが全ての発端。

 ただ、本当の元凶はファウスト博士だった。

 当初はデュアルユースの可能性を危惧して、十分なデータが取れない内は秘匿する方針であったのにも関わらず、第一人者である彼が単独で学会への発表を断行してしまったのだ。

 

「悪い人は、自分が過去にどれだけ重い罪を犯していたとしても、無条件で救われることを求めます。“困っている人を助ける”というヒーローの信条は、彼らにとって、物凄く都合が良いのです」


 加えて、観察対象としていた二人の女学生を題材に、センセーショナルな広報活動まで行った。

 彼女たちの人生を物語として、ノベル化・映画化などのメディア展開、動画投稿サイトにて配信者活動までさせた。

 さらに広告代理店を通じて喧伝、ネット上の工作活動にまで手を出し、それらの作品ごと、発見した遺伝子たちの存在を世に知らしめていった。

 学術的な研究など、一般大衆には関心を持たれないのがほとんどで、ましてや公にされたところで、世紀の大発見でさえ、日常の一トピックスとしか扱われない。

 国からの援助や、多方面からの協力を得られることもなく、潤沢な資金も確保できずに停滞するのが常である。

 その中にあって、ファウストの大胆な試みは、彼が主導する研究へ世界的な支持を集めるに至った。


「あなたが、一体どのような形で"困っている人を助ける"といった想いを抱くようになったのかは判りません。心優しく親切な人に助けられ、胸を打たれた経験があったからか、それとも、架空の世界で活躍するヒーローの生き様から学んだか、もしくは、誰かに教わるわけでもなく己の中で見出したのか、あるいは、生まれ付きの性分であったのか……。いずれにせよ、悪い人たちは、あなたのその大切な気持ちを悪用することに躊躇いがありません」


 そうして、『ヒトの善悪が生まれながらに決まっている』という紛れもない事実は、世間に浸透していく。

 結果、HO機構を持つ者──ヒーローは、周囲の人間から持て囃されるようになっていった。


「寛大な心を持つあなたは、悪い人だって同じ人間なんだから……と、なんらかのきっかけで、心変わりすることを期待しているのかもしれません。でも、それだけは絶対にありえないのです。たとえ、改心したように見えたとしても、それは単に邪な感情を隠すことを覚えただけです。相変わらず卑怯なやり口は健在のまま、見えない所でコソコソと悪事を続けています」


 しかし、それから数年の間で、ヒーローたちが唐突な事故や、謎の感染症で死亡する事態が多発。


「人は反省する事で成長する生き物ですが、悪い人たちは、そもそも反省するという能力が欠落しています」


 それは点火効果を受けた人間たちが、拠り所を失った際に、どのような行動に出るのか、確かめるための試験だった。


「ヒーローへ敬意を払える素敵なあなたは、自分の中で裏切れないルールが存在するのでしょう。これをしたら大切なモノを失ってしまうんじゃないか……と、何か間違いを犯しそうになった時には、ふと立ち止まって、それを基に考えることができるのでしょう。だからこそ、己を律することができるのです」


 自分のヒーローを失った者たちは、国境を越えて繋がり、互いに身を寄せ合い、その怒りと悲しみとを共有した。

 そうした中で誕生した絆は強固なモノとなり、ヒーローと過ごした数々の思い出を呑み込んで、非業の死の記憶を蓄え、深い憎悪と復讐心を孕み、歪んだ集合意識の怪物となって生まれ変わる。


「悪い人たちにはそれがありません。自らの掟として守るべきモノが。矜持にするべきところの信念がありません。だから、平気で汚いマネができるのです。だから、平気で嘘を付けるのです。だから、いつまでも経っても、自分の犯した罪を誤魔化したり、忘れたフリをすることに必死なのです。それを人として恥ずかしいと思える神経など、微塵も持ち合わせてはおりません。それが悪い人たちに反省する能力が欠落している理由です」


 それは学生たちの社交クラブから始まり、徐々に勢力を拡大させていった。

 ただ一つの目的を遂行するため──ヒーローたちが全ての人から敬われ、幸せになれる世界を築くために。

 各分野のスペシャリストまで掌握した、大いなる力を持つコミュニティに対する畏怖と、ヒーローに対する倒錯した愛情を揶揄する気持ちも含んで、人は彼らを──"英雄崇拝"と呼んだ。


「急に話は逸れますが、はたして宇宙人は存在するのでしょうか。……まあ、これはたぶんいると思います。タイムマシンは将来的にも実現可能ではない、とか。当たるはずのない宝くじの一等が当たったり、雷に打たれて死亡、小惑星が地球に衝突して人類滅亡、Xの名称がツイッターに戻るとか、トンネル効果で人間が壁をすり抜けたり。天文学的確率であるそれら全ての事象が起こり得たとしても、“悪い人が反省する”という事だけは、絶対に、確実に、百パーセント、ありえないのです」


 英雄崇拝は、世界から自分たち以外の悪人を殲滅することにした。


「特筆するべきは、人を自殺に追い込むような奴ですね。これは主に集団である場合が多く、たとえ相手を死なせたり、再起不能にまで陥らせたとしても、その原因となった人物たちは、全員、誰一人、反省なんかしません。皆で揃ってしらばっくれて通せばいいという犯罪者の思考回路を全員が全員、遺憾なく発揮させます。自分たちのやったことを一切合切、何一つとして認めず、法によって裁かれることもなく、何食わぬ顔でのうのうと生きています。なんだったら問題をすり替え、あろうことか相手への責任転嫁を始め、性懲りも無く被害者を非難の的にすることを止めません。人を自殺に追い込むような犯罪者の中で、反省できたことのある者は、未だかつて一人たりとも存在しません」


 英雄崇拝は、MO機構を持つ人間だけを標的とする生物兵器を造った。


「逆に言えば、同じ事をしても許されるということです。そうでないと言うのなら、まずは彼らの行いが許容されている事実について追及されるべきです。法制度の下、あらゆる加害行為がまかり通っている中で、被害者による報復だけは認められないだなんて、おかしな話でしょう? まさに不条理です」


 最も有名なのが、タイヨウクロメジロ──通称、『小鳥』と呼ばれる鳥型の人工生物だろう。

 特徴は黒い翼と、禿げた白い頭。見た目はどちらかと言えばカワセミに近く、異様に長く鋭いクチバシを持つ。

 試行錯誤した結果、カエルの卵塊を模した泡状の種が初期段階として採用され、熱帯地域に設置された。

 小鳥は群れで飛び回り、対象を見つけると弾丸のような速度で急降下し、一斉に攻撃を仕掛ける。

 そうしてクチバシで突き刺した部位と同化し、宿主の身体を余さず浸食して、全身から孵化するように何十倍もの数で増殖する。

 この生殖方法で東南アジアから日本にかけて、台風のごとく猛威を振るった。


「さっきから散々な言いようかもしれませんね。正直、私怨も混じっていますから。だけれど、悪い人たちは、何も悪いことをしていない人に向けて、日常的に好きなだけ侮辱を続け、名誉を傷付け、心を傷付け、それを喜びとしています。そのことは容易に看過されています。なのに、どうして、理不尽な問題について真剣に訴えかけようとしている人達ばかりが、慎重に言葉を選ばなくちゃいけないのでしょうか。これもまた不条理ですね」


 それでも小鳥が活動できたのは、およそ半年ほどの期間。冬や乾季が到来すると、次第にその勢いを失い、死滅していった。

 だが、小鳥騒動が収束した頃には、もうすでに何もかも手遅れで、生き残った者たちは為す術もないまま諦観の境地に至る。


「このように、世の中はあまりにも悪い人たちにとって都合が良すぎるのです。おかげさまで悪い人たちはどんどんと調子に乗って、どんどん悪いことを続けています。その勢いは現在進行形でとどまることを知りません」


 英雄崇拝の切り札は、殺人ウイルスだった。

 致命的な疾患を引き起こす既存のウイルスたちに、小鳥と同じく、悪人だけをターゲットにするよう遺伝子操作を施して、世界中へ散布したのだ。

 小鳥という目に見える脅威へ警戒心を向けさせることによって、パンデミックの発覚を遅らせ、対策する隙を一切与えずに蔓延できた。

 これらのバイオテロにより、約二年で世界人口が半分以下まで減少してしまう。


「そこへさらに拍車をかけているのが、ヒーローです」


 悪人殲滅には至らなかったが、第一回目の結果としては上々であり、世界規模の計画だったので、失敗も含めて多少の誤差は承知の上であった。

 ……が、ここにきて予想外の問題に直面する。

 事後処理において方向性の違いで、派閥争いが起きてしまったのだ。

 引き続き自分たち以外の悪人を殲滅する派と、派……との間で。

 後者は主に、自分たちが招いた惨状の有り様に耐えられなかった者たちと、殲滅派の掲げる展望には確信を持てずにいる連中の組合でもあった。


「悪い人たちは、"困っている人を助ける"というヒーローの純粋な正義さえも、自分たちの最低な行いが見逃されるための道具にします。ヒーローもまた、そんな悪い人たちを咎めようとしないのです」


 選別計画が始まるより前、英雄崇拝が発足するよりも以前から、HO機構を悪人へ移植する人体実験は密かに行われていた。

 しかし、拒絶反応を起こして、間もなく死に至るケースがほとんどであり、とても実用的な内容ではなかったのだ。

 稀な成功例もあったが、被験者のMO機構と置き換わることもなく、DNA上に混在したままで、人格が二つに分かれてしまう──などの大きな問題点が残されている。

 仮にそこが改善できたとしても、テセウスの船よろしく、本人とは全く別の人間に成り代わってしまうのではないか……という推論も妥当な線に思われた。

 結局は、悪人を根絶するやり方が遠回りになるだけ、だと……。

 なにより、その方法で誕生する元悪人のヒーローがあまりにもグロテスクで、気の毒に感じられた。


「なんだったら、ヒーローは、悪い人たちを助ける時に限って、急に必死こいたりしますよね。まあ、悪い人たちは声がデカいので、より目立つのでしょう。常に好きな身の振る舞いで生きているから辛抱を知らず、少しでもイヤな事があったら、幼稚園児のように、好きなだけギャーギャーと喚き散らかし、好きなだけワーワーと泣き喚き、ありもしない不平不満をのべつまくなしに嘯く。何故かヒーローが手を差し伸べるのは、そういう奴らばかり」


 そのように歪な全人類ヒーロー化計画ではなく、提案されたのは新プラン。

 点火効果──これを利用した方法である。

 まずは世界全体を英雄崇拝の傘下に収め、徹底的な統制を図る。

 そうして築かれた新世界秩序の下、その象徴たるべき完全無欠のスーパーヒーローを生み出すという構想だった。


「それに比べて、どれだけ酷い目に遭っても、どれだけ辛く悲しい思いをしても、一人ぼっちで抱え込んで、歯を食いしばって、堪え忍んで、我慢して、ずっと耐えて耐えて耐えて……それがついに限界に達して、ようやく初めて誰かに打ち明けたり、助けを求めたりしても、端から何も理解する気がない人達から、心無い言葉でさらに傷付けられる……。そうやって悪い人たちの何千倍、何万倍も苦しんでいる弱い人たちのことを、ヒーローはいつでも見殺しにします」


 要は、点火効果の範囲が、世界全土を覆うレベルのヒーローを作る計画であった。

 点火効果が持続している間は、悪人もヒーローとほとんど変わらない性格で、同じような働きができるわけだから、その状態を半永久的に維持すればいいという趣旨だ。


「救うべき人間をちゃんと見定めることができない以上、ヒーローなんかに、本当の意味で困っている人を助けることはできません。だからこそ、ヒーローに憧れてはいけないのです。尊敬すら、してはいけません」


 ヒーローが病に倒れ、衰弱していく過程で、細胞から分泌される特異な物質が著しく減少していき、それに伴い、ヒーローの周囲から人が離れていった……という事例がある。

 人付き合いなど、利害関係がほとんどであり、何も珍しい話ではない。単純に病床の人間には構っていられなかったのだろう。 

 だが、ヒーロー自身のコンディションにより点火効果の力に振り幅があることも明らかだった。

 何より、英雄崇拝に属する者たちが身をもって知っている。

 ヒーローと共に過ごしていた時と、ヒーローを失った後で、自らの行動やマインドが全く異なることを……。

 誰かを助けたいと思える気持ちが、いつの間にか微塵もなくなっていた。


「尊敬しちゃった時点で、カッコいいと思ってしまった時点で、"自分も頑張らなきゃ……!"と、こ~んな穢れきった世界で、ついつい正しい生き方を志してしまいますからね。困っている人を助けるために一生懸命な姿は、それほどまでに魅力的なんです」


 点火効果の理屈や、HO機構が生み出す物質──未知なるエネルギーの源について、当時は詳細なことがまだ何も解っていなかった。

 それでも、ヒーロー本人の肉体や精神が強靱であればあるほど、その能力が増幅することだけは間違いないと確信されており、無敵のヒーローという最終目標も、英雄崇拝の着地点としては申し分ない。

 第一、生物兵器運用のノウハウがある者だらけの組織で、内部抗争に発展する事態だけは避けたかった。


「だからヒーローの皆さん、子供達に向かって、"キミもヒーローになれる!"……とかなんとか無責任なことを言っちゃダメですよ? 受け取った側は結構、その時の気持ちを大事にしちゃうので。困ったことに、不遇な環境にいる子ほど、真に受けちゃいますから注意して下さい。あなた方の影響力の強さは罪です」


 世界中の悪人を殲滅するプロジェクトは凍結され、新たに『スーパーヒーロー計画』が始動。

 大きな揉め事を回避するための急な方向転換ではあったけれど、これに関しては誰もが納得できる代替案であった。


「それでも、どうしても、"困っている人を助ける"という信念を曲げられない。何がなんでも貫き通したいというのなら、まあ……しょうがないんですけどね……。逆境や困難にも、他人からの忠告にさえ、頑なに折れないその姿勢もまた、ヒーローの証なので。てか、偉そうにダラダラと講釈を垂れていますが、私なんかがあなたの生き方に口出しする権利はありませんし」


 なにより彼らは、もう一度、自分の愛するヒーローに会いたかった。

 ヒーローが放つ、あの温かな光で、胸を満たしたかった。

 また、同じ志を持って、共に生きたかった。

 どんな困難を前にしても、心が燃えるような情熱を抱いて邁進していたあの頃に戻りたかった。

 元々はそれが全員の総意であったからこそ、結束できた組織なのだから、この計画に異論の余地などあるはずもない。


「ただ、悪い人たちと、ちゃんと向き合ってほしいのです」


 だけれど、あろうことか裏切り者が出てしまった。

 中枢メンバーの一人──ファウストが、全世界へ向けて、英雄崇拝という秘密結社の存在や、彼らが起こしたバイオテロの真実を、ここぞとばかりに暴露したのである。


「彼らが一体どういう人間なのか、目を逸らさずに、直視して下さい」


 全ては試験だった。

 病気や事故や装い、ヒーローたちを殺害していったのもファウストの仕業。

 英雄崇拝そのものが、ファウストにとって、点火効果の危険性を示すためのモデルケースに過ぎなかったのだ。

 他者救済の喜びなぞ、あくまでも副次的な作用であり、ヒーローにとって不都合な人間の排除を促すことこそが、HO機構の本質であると説いた。

 人類史において、これまでに起きた人為的な要因による惨劇の数々は、元を辿れば、なにもかも点火効果が招いた結果だと。


「これから先、何が起きたとしても、絶対に、見て見ぬフリをしないで下さい。それはあなたが悪い人を助けたせいです。あなたが悪いことに荷担して招いた結果です。それだけは決して忘れないで下さい」


 そこから世界は、さらに巻き込まれていく──英雄崇拝とファウストの、血で血を洗う抗争に。

 だけれど、いかな大天才といえど、いつまでも世界を翻弄し続けることは叶わなかった。

 教団時代や動乱期を経て、何十年と続いたが、英雄崇拝が牛耳る統一政府の下で、数々の有志たちが活躍したことにより、ついに諸悪の根源たるファウストは討たれ、安寧がもたらされたのだ。

 そして、現代に至る。


「伝えたかった事は、これで以上です」


 はい、終わりです。説明、ご苦労様でした。ご静聴、ありがとうございました。

 めでたし、めでたし……。

 というわけで、これが満を持して、いよいよ公開された歴史上の真実、その顚末なわけですが……一体、何が面白いんでしょうね。

 別に面白さを追求してはいないんだろうけど。

 初っ端から、HO機構とかMO機構がどうとか……訳分かんない生物学かじりのラノベみたいな設定を延々と見せられて、心底うんざりされたことでしょう。

 間違いなく、掴みとしては最悪です。

 特に最後なんか、ヒドい端折られ方をしていましたよね。唐突な投げやり感に、こちらも戸惑いを禁じ得ません。

 結局、どうなったんだよ、スーパーヒーロー計画……みたいな。

 タイヨウクロメジロが云々と、別にどうでもいいことは、やたらと詳細に語っていたくせに。

 なにより、一番大事な部分が丸々抜け落ちていますし。

 英雄崇拝とファウストが水面下で行っていたのは、人体実験や生物兵器の開発だけではありません。

 むしろ、小鳥や殺人ウイルスなんて、ついでのようなモノです。

 その肝心なとこが、まるで無かったことかのようにされておりますが……まあ、意図的に隠しているのでしょうね。 

 全て、闇に葬るのが最善だと決議されたのでしょう。それについては同意見です。

 なので、一旦、これが正史とさせて下さい。


「うん……これで終わり。長い話に付き合ってくれて、ありがとうございました。というか、ごめんね。ちょっとヤな感じだったし、正直、鬱陶しかったでしょ」


 ……などと、映像の中の私も申しておりますので、どうかご勘弁を。

 本当に、ごめんなさいね。しかも、なんか、急に語りかけてきちゃって。

 てか、めっちゃ読みづらかったでしょ?

 せっかく、ここまで頑張って目を通して頂いたのに、大変申し訳ないのですが、台詞と地の文は、別々に分けて読んだ方が断然読みやすいですよ。

 読みやすいっていうか、解りやすいっていうか、その方がまだマシというか……。

 言い訳がましいのですが、当方、話の構成を組むどころか、文章を書くこと自体にも慣れていませんでして……。

 そう……。実はこれ、一人称の小説なんです。

 まあ、一人称なのは第一章だけですけれども。

 それ以降は、いきなり三人称に変わったりするので、悪しからず。

 遺言を残すため、動画を撮ったはいいものの、ちゃんと意図が伝わらなかったら、どうしようかなぁ、どうしようかなぁ……と不安だったので、いっそ文章でも残しておこうかぁ……と思い立ちましてね。

 単なる手記でも良かったのですが、それだと……なんだか味気ないじゃないですか。

 ファウストのやり口に倣うわけではありませんが、どうせならエンタメを目指した方が、伝聞としても広まりやすく、多くの人に知ってもらえる機会も増えるんじゃないかな~っと。

 ほら、映画の導入でもよくあるでしょう。モノローグの合間に、これまでの経緯が派手な映像としてダイジェストで流れるヤツ……。

 怪獣の襲来があって、大パニックになって、国同士が協力し合って、対策に巨大ロボットが製造されて……んで、そこに搭乗するパイロットが俺ってわけ、みたいな……ああいうのがやりたかったんです。

 だから、下手だけど、頑張って絵も描いたし……ちょっと人形劇っぽい演出にしつつ……自作の曲も流して……もはやただの不協和音だけど……それが程よい不気味さを醸し出してて、いい塩梅で……そのつもりで……。

 でも、なんだか思いっきり失敗した感が否めません。

 己が才能の無さに、思わず溜息が出てしまいます。この表現もまた月並みですね。

 こんなちくはぐの動画を出したところで、大して注目されることはないでしょう。小説も駄文すぎて、正直しんどいです。

 第一、全世界へ向けてのイデオロギー的な声明など、ヘブンリー・マスター・セブンの模倣でしかない。

 二番煎じである以上は、先駆者の功績を踏まえた上で、それなりのクオリティが求められるはず。

 だけど、この体たらくでは大恥をかくだけで終わってしまいそうですね。

 冒頭か最後に、あのお方への献辞でも添えておこうかと思いましたが、とてもじゃないけれど、私ごときでは恐れ多い。

 あのお方に比べて、私の足りない頭から捻り出された言葉の数々は、なんと稚拙で陳腐で面白味のないモノばかりだろうか。

 しかも、この期に及んで、私は、自分が何か見当違いのことを口走っているのではないかという迷いさえある。

 どうせ、世間に物申す姿勢で行くのなら、恨みも殺意も憎悪も丸ごと全部ひっくるめて、ありったけの感情を乗せてしまえばいいのに。

 いっそのこと、台詞の端々に、トゲでも、チクチク言葉でも、罵詈雑言でも何でも多分に含ませておけばいいものを。

 それらを寄せ集めて、確固たる覚悟と自信の形に練り上げて、そうして己の良かれ悪かれ全てを携え、この世の闇に挑むべきなのです。

 ここまできて及び腰なんて、それこそ言語道断。ボキャブラリーに乏しいとか、それ以前の問題です。

 意気地無し、ここに極まれり。

 これがあのヘブンリー・マスター・セブンなら──その強烈で痛烈で猛烈で、もはや爆裂しちゃっている凄まじい熱量でもってして、人々の心に訴えかける言葉を次から次へと紡ぎ出していたことだろう。

 私はここに至って尚、なにもかも、あの方には及ばない 。


 ああ、セブン様……。

 我らがヘブンリー・マスター・セブン……。


 伝えたいことを言葉にするのって、とても大変なんですね。

 私はいつまでも、アナタへの感謝と、アナタを尊敬する気持ちで胸がいっぱいです。

 アナタが、私なんかのために、尽くしてくれた言葉の一つ一つが宝物です。

 それをちゃんとアナタに伝えられなかったこと、今でもずっとずっと悔やんでおります。

 だからこそ、今度は、私がアナタの声になるつもりだったのですが……どうやらお役立ちできそうにもありませんね。


 それでも──

 どんなに拙くても、私は私自身の言葉を、誰かに伝えなきゃいけないと、そう思えるようになったんですよ、セブン様。


「あ、やっぱり、最後にもう一つだけ!」


 だから、念押しに付け加えた。

 これだけは必ず伝えなきゃいけないと、そう願った想いを。

 正真正銘、私の最後の言葉エコーを──


「えっと……願わくば……そう、願わくばっ! あなたの素敵な心は、あなた自身や、あなたの本当に大切な人達だけに向けて下さい! では、さようなら。──愚かな英雄ヒーロー気取りのハートマンより」

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