第二話:湖畔の狙撃手


 別荘に集められた六人の貴族子息・子女たち。彼らの目的は、他ならぬ「お見合い」だった。特に第一王子フェルナンドの妃候補を見定める意味合いが強い。


 湖畔に面したテラスで、華やかなパーティが催されていた。陽光が降り注ぐ中、きらびやかな衣装を纏った令嬢たちが、王子たちの周りに集まる。アンゲリカは持ち前の知識と機転でフェルナンドに語りかけ、ユーリアは静かに微笑みながらも、その治癒の力ゆえか、常に周囲の気を引きつけていた。


 私は、といえば、隅でそっと壁の花と化していた。慣れない社交の場は疲れる。早く部屋に戻りたい。


 そんな私の隣に、すらりとした影が立つ。ラファエルだ。


「エルヴィネータ、こんな所で油を売っていては、王子に見初められぬぞ。せっかくのこの機会、もっと積極的に動かなくては」


「私は、別に……」


「おや、相変わらず可愛げのない。だが、その根暗なところも、私の美しさの引き立て役としては悪くないか」


 ラファエルは、得意げに髪をかき上げた。その姿に呆れつつも、誰かに話しかけてもらえること自体が、私にとっては珍しいことだった。


その時、キン、という甲高い音が響いた。


テラスに置かれたガラスの花瓶が、突然、弾け飛ぶ。破片が飛び散り、貴族たちの間に短い悲鳴が上がった。


「何だ!?」


 その場の誰もが何が起こったのか理解できない中、リンハルド王子が素早く声を上げた。

「狙撃だ!伏せろ!」


彼の言葉に、誰もが我に返る。


次の瞬間、フェルナンド王子の立つ場所の床に、カン、と金属音が響き、弾痕が刻まれた。明らかに、フェルナンド王子を狙ったものだ。


混乱が広がる中、アンゲリカは冷静に「皆様、奥へ!警備兵を!」と指示を飛ばし、ユーリアは咄嗟に治癒魔法を構え、もしもの事態に備えていた。


「エルヴィネータ、隠れていろ!」


ラファエルが私の腕を掴もうとした、その時だった。


「どこに隠れるのよ!」

私は反射的に身を翻し、両手首の魔法の腕輪から、弓を召喚した。銀色の弓が手のひらに現れ、同時に、翠色の光を放つ魔法の矢が弦に番えられる。


「貴様、その弓は……!」


ラファエルが目を見開く。士官学校で私の弓の腕を知る彼は、驚きに声を失っていた。


私は、湖畔の向こう岸の森に視線を固定する。


かすかに木の葉の揺らめき。そこに、微かに、金属の反射が見えた。


「あそこだ!」


私が叫ぶと同時に、弓を引き絞る。


集中し、息を止める。


的は遠い。しかし、この魔法の矢は、正確に狙いを定めることができる。


ヒュン!


翠色の矢が、風を切り裂いて飛んでいく。


数秒後、遠い森の中から、微かな、しかし確かに届く「うわっ!」という悲鳴が聞こえた。


一瞬の静寂の後、再びパーティ会場は騒然となる。


アンゲリカが警備兵を呼び、リンハルド王子が冷静に状況を分析し始めた。


ラファエルは、呆然と私を見ていた。


「まさか、貴様、本当にあれを当てたのか……?」


「……多分、当たった」


私は、とっさに召喚した弓を、再び腕輪の中に収納する。


「誰が、何の目的で……」フェルナンド王子が青白い顔で呟いた。


「とにかく、ここにいるのは危険だ。安全な場所に移動しましょう!」


アンゲリカが皆を促し、私たちは別荘の奥深くへと避難することになった。


私は、再び一人になりたい気持ちと、自分が場を混乱させた罪悪感、そして少しの興奮が入り混じった複雑な感情を抱えていた。


ただ一つ確かなのは、もう壁の花でい続けることはできないだろう、ということだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る