第三話:非公式な理由と魔力の痕跡


 テラスでの騒動の後、一行は別荘の奥深くにある、厳重に施錠された図書室へと避難していた。


「全く、とんだ茶番だ。このような危険な場所に王子を連れ出すなど、ハイベルク家には警備責任を問うべきではないのか!」


 ラファエルが怒りに震えながら、手入れされた髪を乱すのも構わずに苛立ちを露わにした。

 アンゲリカは優雅さを保ちつつも、顔色を悪くした。


「申し訳ございません、ラファエル様。まさかこのような事態に……すぐに警備体制を十重二十重に敷き直させます」


 フェルナンド王子は、まだ動揺の色が濃い。虚弱な身体で狙撃の衝撃を受け、疲弊しているようだった。


「父上は、なぜこのような非公式な場所で、お見合いをさせたかったのだろうか……王宮の方が、はるかに安全だというのに」


 その疑問に答えたのは、第二王子のリンハルドだった。


「それは、おそらく『公式な場ではない』ことに意味があったからだろう、兄上」


 リンハルドは、冷静に壁際の地球儀に触れながら続けた。


「この見合いは、ただの妃選びではない。兄上の虚弱さと、王家が抱える魔力不足の問題は、既に国内外に知られつつある。王宮で大々的に行えば、王家の弱点を改めて晒すことになる。そこで、『単なる夏の親睦会』という名目で、非公式に資質を測りたかったのだ」


「つまり、裏では妃候補の魔力や家格を厳密に吟味しつつ、表向きはカジュアルに見せかけたかった、と?」アンゲリカが鋭く問い返す。


「その通り。そして、今日の一件で、その『非公式な場』が裏目に出たわけだが」


 議論の最中、リンハルドは静かに、私の隣へと移動してきた。


「エルヴィネータ嬢。先ほどは見事な弓捌きだった」

「あ、ありがとうございます……」


 慣れない称賛に、私は俯く。


「あの弓と矢は、魔法の腕輪から出てきたものだったな。興味深い。あれは、魔導技術の成果か、それとも固有の魔法か?」


 リンハルドの青い瞳は、探究心に満ちていた。彼は王位よりも魔道具の研究に夢中なのだ。


「ええと……家から代々伝わるもので、詳しいことは……」


 私は言葉を濁す。私の腕輪の秘密など、他人に知られたくなかった。


「そうか。しかし、あの矢は並の魔力ではない。私の魔道具の知識をもってしても、あのような瞬間的な具現化は難解だ。ぜひ、詳しく聞かせてもらいたい」


 リンハルドは、私という人間よりも、私の持つ魔導技術に興味津々だった。


 その様子を、数歩離れた場所から静かに見ていた者がいる。聖女の再来と呼ばれるユーリア・メルコニーだ。


 彼女は、フェルナンド王子の質問に答えるふりをして、そっと私に視線を送った。その治癒の力を持つ彼女の目は、ただの人間には見えない何かを見ているようだった。


 そして、ユーリアは静かに囁いた。


「……あの矢は、穢れを拒む力を秘めていますね。まるで、神代の遺物のよう。あなたの家は、何を隠しているのですか、エルヴィネータ様」


 ユーリアの言葉に、私の背筋が凍った。


 彼女は、私の持つ弓の力を、ただの魔導具ではなく、「神代の遺物」と形容した。そして、その力に潜む、私自身もよく理解していない秘密を、まるで知っているかのように問うてきた。


 聖女の力を持つ彼女には、私の魔法の弓が、ただの便利な道具ではないことが分かってしまったのかもしれない。


 私は、何も答えられなかった。ただ、一刻も早くこの場から逃げ出したいという思いだけが、全身を駆け巡った。この見合いは、単なる社交の場ではない。何か、隠された真実が蠢いているのを感じた。

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