湖畔の貴石と古の守護者(ガーディアン)

朋路。

第一話:集められた貴石たち


 静謐せいひつな水面がきらめく湖畔。

 そのほとりに佇むのは、この国でも有数の大貴族、ハイベルク家の所有する広大な別荘地である。

 夏の社交シーズンを前に、若き貴族の子息・子女6人が、ある目的のもとに集められていた。



 第一話:集められた貴石たち



「やれやれ、こんな辺鄙へんぴな場所で社交とは。私のように美しい人間が、虫に刺されては一大事だというのに」


 手入れの行き届いたブロンド髪を自慢げに撫でながら、ラファエル・メルボルンが嘆息した。


 宰相のご子息である彼は、自身がこの世で一番美しいと自覚している。士官学校で同級生だったエルヴィネータの世話を焼くこともあるが、その根底には常にナルシシズムが透けて見える。


 集められた貴族たちの顔ぶれは、いずれも将来の国政を担うか、あるいは王家の血と結びつく可能性を秘めた者たちだった。



 中央には、この国の第一王子、フェルナンド・サザールがいた。


 プラチナブロンドの髪と、高貴な金の瞳は王家の象徴。しかし、その瞳にはどこか影が差し、体躯は細い。


 彼は生まれつき魔力が少なく虚弱であり、政略的な理由から、魔力が多く家格も釣り合う女性との見合いが進められている。


 その傍らには、フェルナンドの腹違いの弟、第二王子、リンハルド・サザールが静かに立っている。


 黒曜石のような黒髪に青い瞳を持つ彼は、その容姿とは裏腹に、王位に就く気は毛頭ない。「魔道具の研究がしたい」という願望が強く、王子としての最低限の責務を果たすのみで、社交の場では一歩引いていることが多かった。



 そして、この別荘の主であるアンゲリカ・ハイベルク。侯爵家の長女であり、「侯爵家の頭脳」と称される彼女は、この場で一番妃に近いと自負していた。


 王子たちと年が近く、知識やマナーは完璧。隙あらばフェルナンドとの距離を詰めようと努めながらも、意外と他の子女、特に女性二人の面倒見も良かった。


 そのアンゲリカの横で、冷めた表情で立っているのが、ユーリア・メルコニー。男爵家生まれながら、聖教で「聖女の再来」と呼ばれる14歳の才女だ。魔法の才能と驚異的な治癒の力で地位を手に入れた彼女は、聖教や神様に対して良い感情を持っていない。それでも、その力がある以上、聖女としての責務は果たしていた。



 そこ隅にいるのが、私、


 エルヴィネータ・ヘルビオンだ。


 辺境伯の出である私は、一人が好きで、できれば部屋から一歩も出たくない根暗な令嬢である。


 家の方針で嫌々ながら士官学校を卒業したものの、剣も馬も上手く扱えない落ちこぼれだった。


 唯一、どうにか卒業に漕ぎつけたのが弓の扱いだ。



 私の両手首には、一対の魔法の腕輪が着けられている。それは、いつでも、どこからでも、音もなく弓と魔法の矢を生み出すことができる、私の唯一の武器であり、根暗な私を外界から守るための防具でもあった。


 この湖畔の静寂を好む貴族など、私以外にいないだろう。何の取り柄もない私が、この王族と国の未来が集う場所に呼び出されたのか。

 私は、貴族たちの煌びやかな笑い声の陰で、早くこの別荘地から逃げ出したいと、心の中でひっそりと願っていた。

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