第2話 裏ベースボール選手
表のリーグから逃げ出した男が裏リーグの選手となってから最初の試合が始まった。そして我らがヴェノマス・トーズは5回裏で2ランホームランを喰らい4点差まで負け込んでいた。
「もしもこのチームに完璧なピッチングをする投手がいても、点が取れなきゃ勝てないと思わないか?」
ベンチに漂う負けムードもチーム新参者のフィニックスにはどこか他人事のようだった。
「そりゃお前は投げるまで天才でいられて良いよな
でもそういう“問題提起”はちゃんと仕事をしたヤツか、オーナーからしか聞きたくないぞ」
監督は堅実な貯蓄家らしく、これでもかと全身に脂肪を蓄えた男だ。入団テストの時に居合わせていなかったため、フィニックスの腕を疑っていた。
「で、ちゃんと仕事をしないピッチャーの代わりに俺が仕事できるチャンスが来たって訳だ
ランナーが綺麗に掃除された後のグランドは気持ちが良いねぇ」
「ホントに気持ち良く仕事ができりゃいいがな
これまでのバッターはなんでホームランが打てたのか分からんヤツらだったが、次の打席はなんでこの下位リーグにいるか分からんヤツだぞ」
ダンケロン・サンダーボルト、かつてはプロリーグで猛威を奮ったモンスターバッター。暴力といくつかの違法行為で表舞台を追放されたが、まさかこんなところで選手を続けていたとは思わなかった。
「初登板としては出来過ぎたプレゼントだよなぁ
これを投げ抜いてこそ製品保証ってもんだ」
「お前には一回登板ごとに5000ドル払ってることになるんだ
その半分くらいの仕事はしろよな」
監督が交代を告げるインカムから口を離しながら言い捨てる。
「おいおい、それは言い過ぎだろ
これからほぼ俺しか登板しないんだ
回数で割ったら超格安だぞ」
悪態もそこそこにマウンドへ上がる。下位リーグだけに今回の試合会場は汚い港湾エリアの端っこにあるグランドだが、しっかりと気分は高揚する。投球前のクセでキャップを直すと無駄に付いているスタッズが指に刺さった。
「さてモンスター退治だ」
そして早速の三連続ストレート球奪三振。圧倒的な球威が、真っ向から打者を押さえつけた。そのまま攻守交代、ベンチに戻る。
「俺はオーナーじゃないけど、“問題提起”とやらをアーロンとかに伝えておいてもらえるかな?監督」
「プロリーグでその活躍を見たかったな」
「こっちのリーグに飽きたらまた見られるかもな
それまでは俺たちは仕事仲間ってことだ」
その夜、試合の後もほぼいつも通りトレーニングメニューをこなす。新しいコーチにはオーバーワークだと指摘されたが、習慣を変えるのは難しい。ウェイトトレーニングメニューをひと通り終えるとランニングに出た。
ランニングコースの途中の公園は綺麗に整備されているが、夜間は街灯が少なくひと気もない。公園の中心に位置する池の辺りに差し掛かると人影が前に現れた。
「どうも、フィニックス選手
試合後も余念がなく、素晴らしいプロ意識だ」
軽く息を切らしながら歩くように緩めるとと、その妙な人物と距離を取った。チームの関係者か?心当たりは全くない。
「まだ暗殺されるほど活躍してないつもりだったんだがな
サインボールが欲しいならオークションサイトでプロ時代のやつが30ドルで買えるぞ」
「いやいや、ファンじゃないとは言えないかもしれないが、今日は少し違う用事でしてね」
暗闇から徐々に浮かび上がるその姿は黒いパーカーで身を隠し、キャップも目深に被り正体を明かす気がないことが伺えた。
「今日の試合を拝見しましてね、あなたの実力は本物だ
なんと言えば良いか、その特殊な能力(ちから)も本物でしょう」
(なんだコイツ……何を知っている。)
「私は地下ベースボールリーグを取り仕切る組織のひとりです
そして特殊な能力がこのリーグにおいて存在していることを知る者でもある
あなたはこれから通常では考えられないような野球を体験することになるでしょう」
どうもコレもあの悪魔と遭遇した夢の続きのような気がしてくる。必勝の投球のことは信じているが、これ以上の非現実は許容量オーバーだ。
「それで、そのオカルトエージェントさんが今日は何を教えに来てくれたんだ?」
「残念ながら何も
ひとつだけお伝えするのは、あなたの所属するヴェノマス・トーズは近いうちに上位リーグに昇格します、異例扱いでね
上位リーグでは貴方のような選手が多数存在している
今日はそのことを知っておいてもらうためと、挨拶みたいなものです」
「それはどうも、ご丁寧に
今後会うことがあるか知らないが、名前を聞いても?」
「私の名前は、そうですね、パルスとでもお呼びください
リーグの特殊能力者の管理を任されています」
それでは、と一方的に告げると男は闇の中に消えていった。気持ち悪さが頭の中を満たす中、フィニックスはランニングを続ける他なかった。
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