魔球の射手

@epocepoc

第1話 プロベースボール選手

 ファイナルシリーズ、優勝を賭けた最終戦。あと一球、これをミットに収められれば勝利が決まる。


 ただし満塁のランナーを背負いながら。


 ここまで投げてきたこの疲れをコンディションが良いとは言えないが、このくらいは投げ切るのが当然。プレッシャーも感じているが、むしろ心地よい。あとは投げるだけ。

 

振りかぶり、投げる――

 

いつも通りだった――、はずの投球はイメージした軌道からズレていき力が抜けるように甘い投球となる。握り方、腕の角度、重心、力加減、軌道、全てが問題なかったはずなのに。

 

そこから脳天を突き刺すような打球の音以外は、何も覚えていない。落胆、幻滅、怒号、ブーイング、その瞬間から何もかもが失われていった。



 あれからマウンドに立ってもまともには投げられなくなっていた。コーチ陣にはまだ若いと、今回の失敗を糧にしろ、と言ってくれる人もいた。だが、1番の勝負所で信頼できないというレッテルは剥がせそうもなかった。

 

 そのうち球団に居場所もなくなり、逃げるように退団してしまった。

 

 毎日夢を見る。あの投球の瞬間を何度も何度も、叫びながら起きても醒めない悪夢を見ているみたいだった。

 

 それでもトレーニングはやめられなかった。投球もマウンドじゃなきゃ以前と変わらないキレを出せた。そのことが自分を保っていて、トレーニングすら止めた時に全てが終わる気がした。


 しばらく無意味を積み重ねる生活が続いた。その夜も悪夢を見ていた。またマウンドに立っている自分、でもその夜は少し違った。


いつもと違ったのは、少し離れた所からその自分を見ていたこと。いつものプレルーティン、そして流れるように投球。あの時と一緒、優勝を逃した時と。


 マウンドからその球を投げた自分は見事ストライクを奪い、優勝を決めた。そしてマウンドからこちらに話し掛けてきた。

 

「夢だとしても、優勝の光景を見られて満足したはずだ

 もうこれからは違う自分を生きろ

 田舎に戻って父さんのブロイラーを一緒に育てよう

 そうじゃなくても好きなことをして生きられる」

 

 そうだな、もう終わったんだ。そう思った瞬間、自分でも意外な欲望が湧き上がってくるのを感じた。

 

「そうか

 終わったなら始められるはずだ

 俺はもう一度投げられる

 そして、次は例え死んだとしても負けない

 どんな身体でも、どんな気持ちでも絶対に負けないボールを投げてやる」


 マウンドに立ってる自分が呆れたように笑う。

 

「そんなことは無理だ

 お前は絶対のためにどれだけのことが必要になるか全くわかっていない」

 

「いや、なんでも差し出せる

 自分も、自分じゃない全てを」


 ははははは!


「いいだろう、俺は完璧なるお前だ

 絶対だ。

 お前は俺になることはできないが、やり直すならこの左腕くらいは貸してやる

 魔弾の射手となれ!」

 

 こいつはおそらく悪魔か何かなのだろう。しかしもちろんそんな事はもはやどうでも良かった。何がなんでも勝てる投球、それ以外興味がなかった。

 

「この腕はより困難な条件にはそれ相応の対価を求める

 お前が見当違いの方向に投げれば、腕を捻じ切りながら目標に届かせるだろう

 キャッチャーミットとお前の間にコンクリートの壁が立ち塞がれば貫いてでも届かせよう

 その代わりお前の身体は砕け散るかもしれない

 そういう絶対だ」 

 

 その自分はそれ以上何も言わず消えた。ライトも消え、観客も消え、静寂で漆黒のスタジアムに立っていた。



 電話の呼び出し音で目覚める。

 

 やっぱり夢は、夢。狂った精神が見せる妄想に他ならないのだろう。

 

 電話の呼び出しを見ると、見知らぬ番号。あまりに呼び出し音が続くので、電話に出ることにした。

 

「あぁ、アンタ、生きてたか

 クスリキメまくって死んでるかもって思ったんだがな」


「なんだお前、誰だ?」

 

「あぁ、そうだな

 詳しくは名乗れないが、俺は野球チームを運営してる者だ」

 

「なんだって?

 悪いがアンタはさすがに球団のスカウトって感じじゃないだろ

 騙してハメようったって、俺はアンタが思ってる5%も持ってないからな」

 

「あぁ良いね、辞めてもキバは折れてないって感じだ

 残念ながらスカウトだよ、俺は

 ただしマトモじゃない、裏の野球、いわゆる地下リーグだ

 どうだ?

 金に困ってたり、興味はありそうか?」

 

 思わず笑ってしまう。

 なんだよやり直すってそういうことかよ。

 

「負けたぜ

 さすがにそんなカードは考えてもなかった

 でも俺は今イップスで投げられないぞ

 リハビリとして投げさせてくれ」

 

「ハァ?なんだって?

 まぁいい、契約金は生憎今の話で半額になっちまったが、それでも良いなら見学に来てくれ

 アンタの優勝残念ボールの威力を見せてもらいたいからな」


 連絡先や日時と場所を簡単に聞いた後、電話を切って何気なくテーブルの上に放り投げた。携帯電話はフワッと浮き上がるようにテーブルを目掛け、静かにテーブルに乗った。

 

 明らかに無視できない違和感だった。まるで頭の中で不意に描いた位置に正確に滑り込んだような、妙な合致感。

 

 ベッドサイドのティッシュを取り、丸めてゴミ箱に投げてみる。当たり前だが、野球のピッチャーだろうとこんなもの適当に投げれば外す。だが、腕が少し引っ張られるような感覚で投げられたティッシュはやはり正確にゴミ箱の中心に吸い込まれていった。

 

 何度も何度も箱のの中身が空になるまでティッシュを投げ続けても結果は同じだった。それどころか、積み上がったティッシュを押し除けてまで投げたティッシュはゴミ箱のなかに入っていった。

 

 間違いなくこの左腕に何かが起きた。


 後日、裏野球チームの持つマウンドに立っていた。ギラギラの趣味の悪いスパンコールが散りばめられたユニフォームに、意味不明な無数のスタッズのついたキャップ姿。早速ヴェノマス・トーズのユニフォーム姿で投球練習をさせられる。

 

「例え良い球が投げられなくてもホットドッグくらいは奢って帰してくれよな」

 

「軽口は良いからとりあえず投げて見せてくれ

 投球次第では、清掃員のポジションに空きがあるからな」

 

 それもアリだな。何も考えずとりあえず投げる。


 緩いボールがミットに収まる。むしろ自分で意識してたよりも軽過ぎる球だ。

 

「今のが全力だったとしたらウチの子のリトルリーグのサードがちょうど良いポジションだ

 せめてピッチャーのレベルで投げてくれるか」

 

「……なぁ、生意気で申し訳ないんだが、このチームで1番打てるやつをバッターボックスに立たせてもらえないか   

 俺のボールを打ってくれたら、ビールをチームのみんなに奢らせてほしい」

 

「なんだって?

 俺らにとっちゃ悪くはない話だが、チーム行きつけのバーが近くにある

 どうせならそこで1番高い酒でも良いか?」

 

「あぁ、それで良いよ

 カードが使える店だといいけど……」

 

「よしきた!

 アーロン、手前の1番磨いてあるバットを使え!」

 

 たぶんチーム屈指の強打者が出てきた。オフの日は“1番打ちます”って書いたシャツを着てそうな雰囲気の男だった。


「酒一杯にそんな本気出してくるかね

 なんかこのチームの契約金は安そうだ」

 

「それは投球次第だ

 アーロン、準備は良いな?」

 

「あぁ良いぜ

 今夜の酒のオーダーまで決まってる」


 投球姿勢に入る。明らかに異常な感覚、上半身に暖気したエンジンのような熱が帯びるのを感じた。

 

 振りかぶり、投げる。おそらくこれまで投げたどの球よりもスムーズに力が乗っていた。スピード、コースともに完璧だ。

 

 恐ろしいほどの威圧感で飛んでいき、やはりボールは吸い込まれるようにミットに収まった。チームが静まり返る。


 アーロンとやらがヘルメットを投げ捨てながら言う。


「アンタあの日は家族が人質に取られてたのか?

 FBIは相談するには頼りなかったか?」


 スカウトの男も咥えていたタバコが口から落ちた。


「おい、過去はともかく、うちのチームでは八百長するんじゃないぞ」


 この手に悪魔が宿ったことを確信した。

 

「まぁそれも契約金次第だな」

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