第24話 引き継ぎと勧誘
「資料としては、こんな感じで大丈夫?」
恵美ちゃんに手渡した引き継ぎ資料を一通り説明し終えて一息入れる。
「副部長として関わってくれたことばかりだから、こんなのなくてもバッチリだろうけど、もうすぐ二年生への引き継ぎで必要だと思うから」
「ありがとう。副部長としてサポートするのと、部長代理として取り回すのでは全然違うから、凄く助かるよ」
少しでも恵美ちゃんにかける負担が減らせるなら、用意してきて良かった。
資料を恵美ちゃんの方へ手渡してから、ふぅ、と息をつきコーヒーカップを引き寄せる。
封を切ったスティックシュガーをサラサラとコーヒーに滑らせ、スプーンでくるくると混ぜる。
ズズッと一口すすり、たまらず眉をしかめる。……苦い。
舌を刺すような苦みに、思わず顔をしかめる。
私は諦めて、二本目のスティックシュガーに手を伸ばした。
なんか正面からククと笑いを噛み殺す気配がするけど、気にせずもう一口。
今度は表情を変えずに飲み込み、カップをソーサーにそっと置く。
変な見栄を張らずに、紅茶にしておけば良かった。
苦いのは、今の状況だけで十分だ。
「なんで、うちの学食はコーヒーがセットなんだろうね。紅茶とかお茶も選ばせてくれればいいのに」
やっぱり、綾音にしっかり見られていた。ちょっと恥ずかしい。
「それ、高等部の先輩たちの希望だって聞いたことあるよ。凜ちゃんも別に無理に注いでこなくていいんだよ。私も綾音も持ってきてないでしょ?」
「そもそも、料金出せば凜ちゃんの好きな紅茶もあるし、お茶ならあっちで無料じゃない」
ホールの中央にある給水器を指さす恵美ちゃん。まあ、それはそうなんだけど……。
「今日は、ちょっとコーヒーを飲みたい気分だったのよ」
無理があるなとは思いつつ強引に話を打ち切る。
「これで、恵美ちゃんの用件はオーケーかな? ホントにごめんね、部長を丸投げしちゃって」
「え? 私の用事は引き継ぎの件じゃないよ。これも部長代理としては助かるんだけど」
再度の謝罪に、恵美ちゃんから待ったがかかった。
「あ、そうなの? てっきり、ちゃんと引き継ぎしてよってことかと思ったんだけど。……部長代理?」
うん。ちょっと待ってね。と席を立ち歩き去る恵美ちゃん。話が見えず、首をかしげながら正面の綾音に視線を向ける。
「私は、朝の教室でなんとなくわかったけど。まあ、恵美からの話を聞こうよ」
え? 朝からわかっていたの? なんで?
「りんちゃんは退部してから恵美と話してないんだろうけど、私は一昨日も真っ青な顔した恵美から話を聞いたし、昨日もりんちゃんの件で話をしてるからさ。同じクラスだし」
なるほど、それはそうだよね。二人はB組つながりだったよ。
つまり、テニス部の件で恵美ちゃんから私に伝えるべきことがあるということか。なんだろう、怖いな。
「ごめん、お待たせ」
声と共に、三人の前にトントンと置かれる湯気の立つ湯飲み。
「あ、ありがとう」
そうだ、恵美ちゃんはこういう子だった。
部でもいつもさりげなく助けられてばかりだったよね。
さっき綾音のを見てたらおいしそうだったから、と私と自分の前に置かれるプリン。綾音の前にわらび餅。
「いや、これはもらえないよ」
「凜ちゃんも綾音もこの二日は大変だったでしょ。お疲れ様会だと思ってよ」
私何もできなかったからさ……と呟く恵美ちゃん。
周囲を見回すと、徐々に制服が入れ替わり、だいぶ高等部生の姿が目に付くようになってきた。
中等部の昼休みも半ばに近づいてきたようだ。
三人ともデザートをお腹に収め終わり、二杯目のお茶をズズとすすりながら、話を続ける。
「まあ、そんなわけで先生とも相談したんだけど、あともう少しで引退式だし、部長は空席にして部長代理でいいんじゃないかと思ったんだよね」
「テニス部の部長と言えば、凜ちゃんほどの適任者はいなかったし、私に代わりを務められるとも思えないからさ」
今でも恵美ちゃんの方がそつなくこなせてるよ。
たぶん、恵美ちゃんのサポート無しには私は何もできなかった。最初からずっと。
「凜ちゃん。テニス部に戻っておいでよ」
「田辺先生も、本人が希望するならいつでも歓迎だっておっしゃっていたよ」
「できれば、部長をして欲しいけど、もし嫌なら私が代理を続けるからさ」
「二年生も戻って来て、メンバーも揃ってるよ」
テーブル越しに身を乗り出し、私の両手をぎゅっと包み込んで、縋るように言葉を重ねる。
「凜ちゃんがいないテニス部なんて、火が消えたみたいで……全然、熱くなれないよ」
「それにほら、もうすぐ学園祭でしょ? 生徒会の方から、親善試合の手配とか予算とかで矢の催促が来ててさ。もう、てんてこ舞いだよ」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、そんな訳にはいかない。最初からわかりきっていたことだ。
「無理だよ。そもそもの話、小田さんや梅田さんが私の部長は受け入れられないと言ってるから。せっかく恵美ちゃんが引き留めてくれた二年生たちもまたいなくなっちゃう」
「顔も見たくないって言われてるし、一部員としても戻れないよ」
テニス部を辞めたときの重く苦しい気持ちを思い出しながら告げると、恵美ちゃんは少し視線を落として悩んだあと、予想外の言葉を告げた。
「あのグループは、テニス部を辞めたよ。……ううん。辞めたというか、実質的には除名処分だね」
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