第23話 学食
「りんちゃん、こっちこっち」
三人分の空席を求めてテーブルの間をさまよっていると、綾音と恵美ちゃんの呼び声が聞こえてきた。
声の方に視線を向けると、二人がくつろいだ様子で座席につき手を振っている。
目の前にはまだ料理は並んでおらず、テーブルの上に水の入ったグラスだけ置いてあるのが見える。
「二人とも、ずいぶん早いね。これでも急いできたんだけどな」
二人も立ち上がり、テーブルの間を抜けて一緒にカウンターの方へと足を向ける。
「うちのクラスは、四時間目が数Ⅱだったからね」
「坂口先生は、チャイムにはきっちり終わるもんね。りんちゃんは英語だっけ?」
剣道部顧問の坂口先生は、遅刻には厳しいけれど、休憩時間に食い込まず授業をきちんと時間通り終えるので生徒に評判がいい。
途中で打ち切るわけではなく、きちんときりのいいところまで済ませてくれるので、授業運びも時間をきちんと管理しているのだろう。
「うん。後半はチャイムが鳴るまで単語テストをしていたから、終わるのが五分ぐらい過ぎちゃったかな」
雑談をしながら、学食の入り口の近くにあるトレイ置き場まで戻る。
私たちも他の生徒たちの流れに乗って、重ねられた木製のトレイから一枚ずつ手に取ってレーンに並ぶ。
カフェテリア形式のこの学食は、メニューの種類も多く、生徒の間でも一番人気の学食だ。
いまもレーンの行列やホール内の座席はどこも授業を終えた生徒たちで賑わっている。
昼休みだけでは無く、部活動の前後や放課後などにも生徒に人気だ。
学校からの補助のおかげで、周辺のお店と比べて全体的に価格も手頃な範囲に設定されているのも理由かもしれない。
学園内に分散していくつか配置されている学食は、学園内の他の施設とは状況が少し異なり、中等部と高等部で共用施設になっている。
つまり学食での昼休みは、共通の行事や中高合同の部活の生徒を除けば、日常的に高等部の生徒と顔を合わせる数少ない場とも言える。
しかし、授業時間の関係で中等部と高等部には生活時間のずれがあり、昼休みも初めのこの時間帯には、周りに並んでいるのは中等部の生徒ばかりだ。
二人の後に続いて、トレイをステンレスのレールに乗せ、カウンターに並ぶ料理を選びながら進む。
「いつ来ても迷うよね。今日はどうしようかな」
麺類専門のカウンターで茹でてもらわない限り、生徒はトレイレールに沿って順に進んでいくことになる。
そのため流れはスムーズで、混雑した見た目ほどには時間を掛けずに食事を手にすることができる。
「私はもう決まってるけどね」
恵美ちゃんは、いつでも即断即決だ。
迷ったり悩んだりする姿をあまり見た記憶がない。
常に悩んだり考えたりしすぎてしまう私とは本当に対照的だ。
普段はお母さんにお弁当を作ってもらうことが多いので、こうしてたまに友達とメニューを選んだり迷ったりするのも楽しい。
ドリンクコーナーのコーヒーサーバーからセットメニューのコーヒーを注ぐ。
あたりを見まわすと、綾音はデザートコーナーに寄っているようだ。
私はトレイレールに沿って一足先にホールへの出口に向かう。
レール脇のキャッシャーに自動で表示される金額を確かめ、学生証を当てて精算。
座席へ戻って、恵美ちゃんに渡す引き継ぎ資料の最終確認をしながら二人を待つ。
パラパラと大急ぎでチェックしていると、二人が戻ってきた。
「りんちゃん、置いて行っちゃうなんてひどいよ。探しちゃったじゃない」
「ごめん、ごめん。恵美ちゃんへ渡す資料に漏れがないか確認したくてさ」
ご立腹な様子の綾音に軽く謝りつつ、資料を鞄にしまう。
「まあまあ。せっかくだから、食べようよ」
恵美ちゃんが綾音を宥めつつ、音頭を取る。
「三人でここに来るの久しぶりだね」
「そういえばそうかも」
「そんなことより。さあ、いただきます!」
正面に座る綾音の前を見ると、ふわふわと湯気を上げる和風の料理が並んでいる。
角を落とした優しい手触りのお盆の上には、彩り豊かな四色のご飯が、升を横に引き伸ばしたような細長い紫檀調のお重に詰められている。
ご飯の上に敷き詰められた具材はどれも艶やかで、箸を入れられるのが惜しいほどだ。
木のお椀に注がれた汁物からは、大粒のアサリが顔を覗かせている。
全体を包む茶色のトーンと、食材の鮮やかな色のコントラストが、見ているだけで身体に染み渡るような優しさを感じさせる。
小鉢には、だし巻き卵と蕪の漬け物、舞茸の……佃煮かな?
デザートにカスタードプリンも並んでいる。
「綾音、その細長いお重の中はおこわ?」
紫檀色のお重に詰められた、宝石箱のようなご飯に目を奪われて、私は思わず尋ねた。
「おこわじゃなくて、十六穀米だって。見た目もかわいいでしょ?」
「りんちゃんのもいい香りがするね」
私の目の前の料理に視線を落とす。
大きな円形のウッドプレートの中央には、白いココット皿が鎮座している。
「うん。チーズとホワイトソースの香り。いいよね」
白い陶器の中でグツグツと息をするマカロニグラタン。
その脇を固めるのは、皮が張り詰めた太いソーセージと、厚切りのハム。
カリフラワーやブロッコリーのゴロゴロとした質感と、とろりと溶けたグラタンの対比が、食べる前から口の中を楽しませる。
カトラリーを手に取り、まずはどこから攻めようかと、嬉しい迷いが生じた。
まずは、やっぱりグラタンからだな。
熱々のグラタンを一口スプーンですくい取り、口に運ぶ。
口の中に広がる濃厚なホワイトソースの風味。
「ん……おいしい」
おいしい物を食べると、悩みごとなんか吹き飛ぶような気がする。
まあ、私のことだから食べ終わった途端にまた悩み始めるかもしれないけれど。
「なんか、おしゃれなカフェを満喫している二人の横で私だけ悪いわね」
かけられた声に顔を向けると、おいしそうに生姜焼きを頬張る恵美ちゃんと目が合う。
「えー、なんで? 生姜焼き、最高じゃん。私も好きだよ。飾らない恵美らしくてさ」
「恵美ちゃん、一瞬も迷わなかったもんね」
恵美ちゃんの前にあるのは、カフェ風の可愛らしい生姜焼きでは無く、定食屋さんのガッツリ系生姜焼きだ。
小どんぶりに盛られた大盛りご飯が街の定食屋さんっぽさを強調している。
こんな細い身体のどこに入るのかと思うけど、よく考えると数日前まで私も似たような食生活だった。
お腹がすいて仕方が無かったし、何を食べてもおいしかった。
朝練から午前中の授業を終えると、これぐらいはペロリと平らげられていた気がする。
今日はちょっと食べられる気がしない。
こんな何気ないところでも、テニス部を辞めたのだなということを意識してしまう。
色々話すことがあったはずだけれど、まずは腹ごしらえとばかりに、雑事を忘れて舌鼓を打った。
こうして今日も友達と食事を取りながら笑い合うことができる。
いつも意識すること無く享受してきたけれど、これはいったいどれだけ幸せなことなんだろう。
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