第6話 間奏曲

 ピピー。

 テニスコートに笛の音が響く。

 部員たちがサイドラインに沿って整列していく。


 よかった。

 梅田さんたちの姿はないけれど、二年生は来ているみたいだ。

 恵美ちゃんなら、きっとまとめてくれる。

 

 ……ごめんね。あとは、お願い。

 

 テニスコートから目を逸らし、校門を抜けて家路につく。

 

 どこをどう歩いたのか、記憶が曖昧だ。

 地面を蹴る足の裏の感覚さえ、どこか他人事のように感じる。


 気がつくと、見慣れた家の前に立っていた。


 ……さて、どうしよう。

 お母さんになんて説明すればいいんだろう。


 明日からは、もう部活も無いんだよね。

 隠しても仕方ないし……。

 でも、あんなに応援してくれていたのに、がっかりさせちゃうだろうな。

 気が重いな。


 そもそも、お母さんたちがずっと支えてくれたから続けてこられたのに、相談することもなく辞めちゃうなんて。

 きっと怒られるよね。

 

 ううん、辞めたことはたぶん、怒られない。

 でも、相談しなかったことはきっと怒られるだろう。

 

 ……でも、これは怒られても仕方ないか。

 ちゃんと謝らなきゃ。


 ドアノブに手をかけ、あとは引くだけなのに、なぜかドアが重くて動かない。

 鍵を開けた音は聞こえたはずだから、様子を見に出てきちゃうかも。

 どうしよう。


 いつまでも玄関前に立っているわけにもいかない。

 覚悟を決めなきゃ。


 ……よし。


 ガチャ。


「お母さん、ただいまー。なんか、お腹すいちゃった」

 とりあえず、解けない問題は先送りにしよう。


「おかえり、凜。どうしたの? 今日は早いのね」


 先送りできなかったか……。


「……ううん。あとで説明するけど、ちょっとだけ休ませて」


「……そう。ご飯まで、二時間ぐらいあるからいいわよ。七時には降りておいで」


「はーい」


 キッチンには顔を出さずにそのまま部屋へ上がり、ネクタイを外す。

 制服は、まあいいや。


 もう無理。


「疲れた……」


 制服のままベッドに倒れ込み、そのまま意識を手放した。


 ん……。どこか遠くで、トントン、トトンと音が聞こえる。

 そうか、包丁とまな板のリズムだ。

 お母さんの料理の音ってどうしてこんなに心地いいのだろう。


 温かい気持ちで、また夢の中にとろけていく。


 煮込まれるシチューのルーは、こんな気持ちなのかな……。

 暖まって、溶けて、どろどろに形を失って……。


 もう、何も考えられない。

 


 ふと気づくと帰宅時に点けた明かりが消えていて、開け放ったままのカーテンの外は茜色から薄墨色に変わっていた。


 一階からお母さんの談笑する声が聞こえる。

 お父さん帰ってきたのかな。

 今日はずいぶん早いな。


 ベッドの上で体を起こして大きく伸びをする。

 なんだか寝る前より気持ちも少し軽くなった気がする。

 

 休んで良かった。

 顔色大丈夫かな。

 あまりひどいとお母さんを心配させちゃうかもしれない。


 ベッドから飛び降り、そのまま姿見の前に移動する。


「よかった。顔色は問題無さそう」

 

 ホックを弾いてしわしわになったジャンパースカートを落とし、ブラウスを脱ぐ。

 部屋着に袖を通して時計を見上げると、七時五十分。


「あれ? 待たせちゃってるな。起こしてくれてもよかったのに」


「よし!」


 パンパンと両頬を掌で張って気合いをいれたものの、ちょうどその時お腹がグーとなり、すっかり気勢をそがれる。


 なんて締まらないの、私の体。


 味噌汁の香りに吸い寄せられるように階下へと降りる。

 ああ、お腹すいた。

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