第5話 崩壊、そして夜明け前

「広瀬部長。あのさ、きょう琴音ちゃんの誕生日なんだよね。誕生日のお祝いをしたいから、部活を休みにして三年みんなでカラオケに行こうよ」


 そんな三年生の部員からの突然の提案。


「え? 週末の試合のために、勝ち抜きで模擬戦をするって田辺先生がおっしゃってたよね? メール届いたでしょ? 部活休みになんてできないし、私も部長として休めないよ」


「うわ、ひど。琴音ちゃんの誕生日なんて、広瀬部長はどうでもいいんだって」


「え、そんな。えっと、梅田さん、誕生日おめでとう。でも、今日はちょっと休めないんだよ」


 ―― 個人が休むのは自由だけど、部全体を休みになんてできない。

 ―― もう少し柔らかい言い方ができたのではないかと、いまでも後悔している。

 ―― 本当に無理な提案で、梅田さんに思う所なんてないのに……。


「私たち、部長と違ってレギュラーじゃないし。試合とか言われても関係ないでしょ?」

「いいよ。二年生連れてお祝いしてくるから。じゃあね」


 結局、コートに現れたのは、事情を知らない一年生と、数人のレギュラーだけだった。


 いつもならボールを打つ音が響き渡るコートが、今日は恐ろしいほど静かだ。


 風の音だけが空虚に吹き抜ける。

 がらんとしたコートの端で、おろおろと視線を交わす一年生たちを見て、私は唇を噛み締めた。


これはもう、部活じゃない。



 週末の試合では、私を含めた三年生数人がメダルや上位に食い込んだ。


 けれど過去の成績と比べれば、三年生も二年生も惨敗と言っていい結果だった。

 テニス部内の空気の悪さを考えれば、当然と言えば当然なのかもしれない。

 

 どうすればよかったのだろう。


 試合を終え、鉛のように重い足を引きずって更衣室へ戻る。

 ドアノブに手をかけようとした、その時だった。


 薄い鉄の扉一枚隔てた向こう側から、聞き慣れた、けれど氷のように冷たい声が漏れ聞こえてきた。

 

「二年の先輩たちから聞いたんだけど、広瀬部長が梅田先輩のこといじめてたらしいよ。それでみんなで慰めに行ったんだって」


「それで二年生みんな休んでたの? かわいそー」


「部長、練習大好きだもんね。ついていく身にもなってみてほしいよね」


 瞬間、目の前が真っ暗になった。

 息ができない。

 まるで息のしかたを忘れてしまったようだ。


 気がつけば、口元を押さえ、その場から逃げるように走り去っていた。

 吐き気と動悸が、止まらなかった。

 

 どこでどう間違えたんだろう。


 どうすれば、去年までのテニス部に戻せるんだろう。


 結局この日は一睡もできず、延々と答えの無い問いに悩み続けた。



 ***


 

 そして週が明けた今朝、だいぶ人数の減った朝練を終えて教室へと向かう廊下にて。もうどうしようもないのだと思い知らされることになる。


「広瀬部長。わたしたち、もう付いていけないので、テニス部辞めるね」


「この二年の後輩たちも、みんな同じ意見なので一緒に辞めるってさ」


「え? なんで。あなたたち、二年生でもレギュラーでしょ? あと数ヶ月で私たちも引退するし、そうすれば……仮に私のやり方がダメだったとしても、次はあなたたちが好きに変えられるんだよ?」


「どうせ私たち三年が抜けても、次は部長や田辺先生のお気に入りの『練習バカ』が引き継ぐだけじゃん」


 吐き捨てるような言葉が、胸に刺さる。


「結局レギュラーになれないなら、部活なんてほどよく遊ぶだけで十分なの。……後輩たちも、そう思ってるから一緒に抜けるって」

 

 彼女たちは、私を見ていなかった。

 その瞳は、私の背後にある虚空や、足元の地面に向けられている。

 私への敬意は欠片も残っていない。

 そこにあるのは、諦めと、汚いものを見るような苛立ちだけだった。

 

 口を開いてなんとか説得しようとしたけれど、彼女たちへ伝えるべき言葉が私の口から出てくることはなかった。

 

 縋るように視線を向けると、二年生たちは一斉に目をそらした。

 どうして? 私はただ、みんなとテニスがしたかっただけなのに。

 

「でも……それじゃ、恵美ちゃんたちが! メンバーが足りなくて、団体戦が組めなくなっちゃうよ!」


「しょうがないよね。私たち、もう部長に付いていけないからさ。顔見るのもムリなの」



―――――――――

【あとがき】

本作にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

読んでいて辛くなる展開が続き、申し訳ありません。 凛の挫折と孤独(鬱展開)は、この第5話で終わりです!


次回からは、傷ついた彼女を支えてくれる家族、そして強引だけど温かい幼馴染の手によって、新しい世界への扉が開きます。 ここから始まる「再生」の物語を、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。

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