第4話 不協和音

 三年生が部活動を引退して、正式にテニス部の部長となった二年生の後半から、私はそれ以前にも増して部活動に没頭した。


 毎日の部活が終わった後も、皆が帰った後に、暗くなってボールが見えなくなるまで自主練習を続け、帰宅後も夜遅くまで部員ごとの練習メニューを組んだ。


 部長として情けない成績を残すわけにもいかないし、頑張って努力している部員たちが結果を残せるように、練習しやすい雰囲気作りにも気を配ってきたつもりだった。


 遠坂部長のようなカリスマ性は私にはない。

 だからこそ、誰よりも早くコートに立ち、誰よりも遅くまで残務をこなした。

 不器用なりに、必死に取り組んできたつもりだった。


 この頃は、個人的な成績もよかったし、テニス部全体の雰囲気も成績に関しても好調だった。

 あれが順風満帆というものだったのだろう。

 先輩たちを安心させて送り出すことはできた、はずだった。


 私自身、このまま遠坂部長のときと同じような、輝かしい新年度を迎えられると信じて疑わなかった。

 


 歯車のきしむ音が聞こえ始めたのは、先輩たちが卒業し、新年度を迎えた頃だっただろうか。

 異変は、出席簿の空白として静かに、けれど確実に現れ始めた。


「今日も、小田さんと梅田さんは休みか……」


 部室のホワイトボードにマグネットのついていない名前が増えている。

 先週までは連絡なしの欠席なんてなかったのに。


 次の試合のレギュラー発表があった翌日から、まるで示し合わせたかのように、コートの人口密度が、スカスカになっていた。


 切磋琢磨してレギュラーを目指すのではなく、部から離れる選択をした。例年にはない流れだった。

 

「凜ちゃん、昇降口で見かけたんだけど、レギュラーを外れた子たちが、またサボってるよ。アレ、連れ戻してきた方がいいかも」


「でもね、恵美ちゃん。部活動は強制じゃないから、来たくない人に、無理強いはできないよ。一応声をかけてはいるんだけど」


「私もそう思っていたけど、二年生のレギュラーの子たちまで連れて遊びに行ったみたい。前よりもグループの人数が増えてきていると思う」


「え!?」


 先生にも相談したけれど、状況は変わらなかった。

 

 コート整備の手を休め、水分補給に向かった時のことだ。

 ベンチの方から、楽しげな笑い声が聞こえてくる。


「ねえ、聞いた? またあの子……」


 私が近づいたことに気づいた誰かが、大げさに咳払いをした。

 瞬間、弾けるようだった笑い声が、ナイフで断ち切られたようにぴたりと止む。


「……お疲れ様です」


 伏し目がちに投げつけられた挨拶は、私を拒絶する壁のように冷たかった。

 私が何かを返す前に、彼女たちは逃げるように散っていった。

 


 決定的なエースが決まり、ゲームセットのコールが響く。

 会心のガッツポーズと共にベンチを振り返った私の視界に映ったのは、歓声ではない。


 真空のような沈黙。


 そして、パラパラと降る、義務的で乾いた拍手だけだった。


 むしろ、ネットの向こうの相手チームからの「ナイスゲーム!」という声の方が、皮肉なほど大きく響いていた。


 直接的な暴言こそないものの、空気は確実に重く、冷たくなっていった。

 

 当時の私にできることは、練習に来ているチームメイトが結果を残せるように手伝うことと、私自身が見本になれるよう頑張ることぐらいだと考えていた。


 解決策なんて見つからない。だから私は、まるで何かにとり憑かれたように、ただひたすらラケットを振り続けるしかなかった。


 遠坂先輩なら、こんな時どうしただろう。

 あの人なら、なんて声をかけただろう。


 けれど、崩壊は止められなかった。



 膿みきった傷口が破裂するような、崩壊への最後の一週間が訪れる。

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