第7話
午後、おばあさんにお茶に誘われたので、母屋へと向かう。傘をさすほどではないだろうと思ったが、やはり少し濡れた。
玄関扉の前で
「ごめんくださ~い」と呼ぶ。
「入って良いよお~う」といつもの呑気な声がしたので、頭や体についた雨粒を払い玄関へと入る。
奥の部屋へと進むと、おばあさんが座っているのが見えた。
「おばあさん、こんにちは」と言いながらちゃぶ台の上に目を落とすと、紅茶とマフィンが置いてある。ハイカラだな。今の時代は”おばあさん=米菓・和菓子”ではないのだなぁと感心する。
「どうぞ~、座んなね~え」
ニコニコしながら勧めてくる。久しぶりに祖母宅に来たような気分だ。
「ありがとうございます」とお礼を言いながら、勧められるがまま分厚い座布団へ座る。
正座していたが「脚、崩していいよ~」と言われ、横座りになった。
なんの話があって呼ばれたのかは気になった。
会社勤めの時に上司に呼び出されたときのドキドキがよみがえり、ちょっと胃が痛くなった。
祠へ行ったことがバレたのか?
いや、でも祠へ行くことは禁止されていないので、何も咎められるようなことはないのだが…。
遠慮がちにしていた私に気を遣って
「どうぞ召し上がってねぇ」と言ってくれた。
紅茶のカップに口をつける。フワッといい香りが漂う。
唐突に「どうするのぉ?」と訊かれた。
続けざまに「今後、どうするのぉ?」と訊かれたので慌てた。
どうするもなにも目的はひとつしかないと思っていたので正直に答えた。
「私はずっと、おってもらってもいいのよ~う?」
ナゼそんな決意が鈍るようなことを言うのだ。
ダメだ、ここにいれば迷惑がかかる。ずっと食べ物を恵んでもらうわけにはいかないのだ。
なんだか試されているような気がした。
お前は本当に死ににきたのか?
それでいいのか?
本当はもっと生きていたいんだろう?
そんな見栄なんか張らずにここで死ぬまで過ごせばいいだろう?
言葉に詰まりながら
「あ、いぇっ…大丈夫です。ちゃんと目的を果たします」と答えると、老婆は残念そうな顔をした。
「おばあさんは、この島に来た人の目的はご存知なのでしょう?」と恐る恐る訊くとコクリと頷いた。
「何人もいたんだよね~え。なんでみんなそうしたいのかね~ぇ。まぁ、辛いことは人それぞれだから、私が口出しするようなことじゃないしね~」
何人もいたのか…運がいい人だけがこの島へ辿り着けて安らかに…。
この島へ着いた時から気にはなっていたのだが、その安らかな死とはどうすれば手に入るのか?今が訊くチャンスだと思い、尋ねてみると嘘のような答えが返ってきた。
「ツキナ様にお願いするのよ~う。ほら、一緒に行ったあの祠よ。あそこの神様はすごいからね~え」
耳を疑った。そんな漫画みたいなことあんの?
私の勝手なイメージだと島の祈祷師なんかがやってきて、怪しい儀式して眠らされて、変な飲み物飲まされてそのままGo To Heavenだと思っていた。
まぁ、これも漫画的な発想か。
「あの…お願いするだけでいいんですか…?そんなことでって言ったら変ですけど」
「まぁ、この島に来た時点で選ばれたみたいなものだからね~え、いいんじゃないのお?神様だからなんか一通りなんとかできる力みたいなのが、あるんじゃあないのお~」
すごくざっくりしているな。“一通りできる力“ってなんだよ。
「もう本人さん次第よね。いつお願いに行くかもそうだし~い、ここで暮らすもいいし~い、島から帰るもいいし~い」
「ここで暮らす…?」
「うん」
「私みたいにこちらに来て、ここで暮らしてる人がいるんですか?」
「おるよ~お?あ、見たことないんかね。あの二人は夫婦だったかね~?」
——もしかして花畑で見た二人か?恐らくそうだろう。あぁ、あの人たち、私と同じだっかのか。見たことはあるが、花畑に行ったことがバレたら恐ろしいので念の為、知らない振りをしよう——
「あの…つかぬことをお伺いしますが…どうしてその方たちは、この島へやってきたんですか?」
「う~ん、詳しくは知らんけどね~え、な~んか駆け落ちみたいなことだったみたいよ?」
そうだったのか。見かけたときは幸せそうに見えたから、あの二人はこの島に来て正解だったのかも知れないな。まぁ、駆け落ちを決意するぐらいの愛する人と一緒に生きていければ幸福だろう。
「あの、質問ばかりでごめんなさい。私、知りたいことが多くて」
「いいよ~ぅ。そりゃあ、そうよね。変な島だものね」
変な島。本当にそうだ。
「ここから、帰った人もいるんですか!?」
「おったよぉ」
「帰れるんだ…」
「まぁ、無事に本土に着いたかは分からんけんどねぇ」
本土って言い方っ…と思いながら、色んな考えを巡らせた。
ここから帰るってことは、海を渡るってことだけど…。
私みたいにボートとか用意したのかな?泳いで帰るのは無理だろうし。あぁ、やってくる船に潜り込んで脱出?
考え込んで黙っていると、老婆が心配そうに顔を覗き込んできた。
「あ、あ、大丈夫ですよっ」
そう言いながら、もう冷めてしまった紅茶を一口いただく。
会話したおかげで、少しだけ緊張が解けたのかマフィンにも手を伸ばす。
ふわふわでおいしい。
その様子を見て安心したのか、老婆は微笑んでいる。
だが、私は心中、穏やかではなかった。ここで今聞いた話は、本当は聞かない方が良かったのかも知れない。
私はいま、人生最大値で揺らいでいる。
いや、ダメだ!絶対にダメだ!
私は死ぬんだ。
生きていても何もないと自分でも痛いほどわかっているではないか。
これまで何度「あの時死ねばよかった」と絶望感に襲われた?
もう終わらせるんだ。そういう運命だともう諦めるべきだ。
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