第6話

 次の日は雨だった。

 ついてないとは思わない。雨は好きだ。

 雨の日はよく眠れるし雨は自分の味方だと勝手に思っている。


 子供のとき、遠足や体育祭が雨で無くなるのは嬉しかった。

 大人になっても、自分が参加しないイベントが雨で中止になると勝ったような気がしていた。

 他人が残念がるのは楽しい。我ながら本当に性格が悪い。


 あまり早い時間だと老婆と鉢合わせしてしまうと思い、ゆっくり準備をしていると、もうお昼近くだった。

  玄関脇に立てかけてあったビニール傘を借りて外へ出た。傘をさすと骨の部分が少し錆びていた。

 小雨が降るなか、目印の石碑を目指して歩く。

 途中、「ゲゴゲゴ」と声がしたので見回すと、一匹のカエルがいた。

 かわいいアマガエルだ。雨に濡れてツヤツヤと緑の宝石のようだ。

 じーっと見つめていると、アマガエルから「あんまり見んな」と言われたので「キレイだからつい見惚れちゃった」と返したら、恥ずかしそうに葉っぱの影に隠れてしまった。かわいいやつ。もうちょっと見たかったが、また歩き始める。


 今日はあの男はどこへ行っているのだろう。

 いや、なんで私がそんなこと気にする。何を意識しているんだ。


 水たまりを気にしながら歩く。深緑色の山を覆う白い霧が美しかった。

 思わず深呼吸をする。

 心地いい空気が体の中へ入ってきて、私の中の悪いものが出ていく気がする。

 やはり人間は自然と触れ合わなければいけないのだと改めて確信する。

 そんなことを思って歩いているうちに目印の石碑が見えてきた。

 石碑の横の細道へ入り、相変わらず不気味な道を進む。

 雨にしっとりと濡れる祠が見えた。

 よかった、誰もいないみたいだ。

 少し緊張しながら祠へと近づく。

 傘の先が祠にぶつかり、雫が撥ねた。

 古びた木製の格子状の扉へと手を伸ばす。指先に水滴が落ちる。


「あなたはナゼ私を選んだの?私は生贄になるの?」

 心の中で呟き、祠の真ん中に鎮座する鏡を覗く。やはり、何かが映っている。

 動く影。


 まじまじと見つめると見覚えがある風景が映った。

 更衣室のロッカーの扉に「5月20日までに休み希望提出」と書かれた付箋が貼ってある。私が書いた字だ。

 アレはここへ来る三日前に書いたものだった。

 ここは会社だ。

 騒ぎになっている。そりゃそうだ。

 仕事はできないが無駄話などせず、真面目に働く大人しい女が、いきなり消えたのだから騒ぐのは仕方がない。


 これから警察が来れば更に騒ぎになるだろう。

 そして勝手な憶測が飛び交うだろう。なぜなら私は会社の人と一切プライベートな話をしていないからだ。

 私のことなど何も知らない。向こうだって私の周囲など興味のないことだろう。


 あの女が映っている。

 私が行方不明になったからだろうか。いつもの太々しいほどの覇気がない。相変わらず、意地の悪さが滲み出ている顔が青ざめている。

 周りの同僚も、この女が私に強く当たっていたことを知っているので、自分が責められると気付いたのか。

 ハハハ、ザマァ!

 今までやられていたことの復習をしたみたいで面白かったが、意外と気分の良いものではなかった。

 ずっと見ていると場面が変わった。


 土産物屋で買った縁起物で溢れ、家族の人数分以上の傘と履き潰した靴が置いてあるゴチャついた玄関。

 風水師が見たら卒倒するであろう、散らかり放題のリビング。

 タンスがあるにも関わらず床に直置きされている数々の洗濯物。

 さしていた傘を落としそうになった。


 我が家だ。古いが愛着のある我が家だ。

 嫌なことばかりだった我が家。

 次に現れたのは母親だ。なんとも小さい背中で、存在感がないハゲ頭は父親の姿だ。チラリと映っただけだが、間違いない。


 嘘みたいだが、私が元居た場所の現在の状況が見えているのではないか?


 警察が来ている。

 空気がピリついているのがこちら側にも痛いほど伝わってくる。

 何か紙片を見せている…。

 きっと私の写真だ!もう間違いない。私を探しているのだ。


 ——イヤだ!探すな!アレだけ放っておいたクセに!

 私が苦しんでいる時はなにも助けてくれなかったクセに!

 いや、アレか。金蔓がいなくなったから焦っているだけかもしれない。そう、お前らは私がいないと生きていけないだろう。

 親にとっての私の存在意義なんてそんなもんだ。

 怖い。連れ戻されたら大変だ…私は…。


 胃の辺りがゾクゾクとし、ふらつきながらその場を後にした。

 どうやって離れまで戻ってきたのか記憶がない。

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