第3話


 俺と佳夜は共に高校生だが、通っている高校は別だ。

 どっちも家からそこまで遠くはないが、俺の学校は全くこの上なく普遍的な公立高校なのに対し、佳夜はキラキラ百合の花園マドモアゼル的なお嬢様学校に通っている。


 これは親……というよりか、父の御家事情が関係している。


 父さんの家はなにやら格式高い家柄で、俺も詳しくは知らないけれど、昔ながらのしきたりみたいなものがあるらしい。佳夜の通う学校とは何代にも渡る交流があるらしく、その兼ね合いで佳夜は送り込まれることになったわけだ。


 まぁ送り込まれるとは言ったものの、普通に受験の段階は踏んでいかなければならず、お嬢様学校ということもあってかなりの難関校なので、受験期の佳夜はかなりしんどそうだった。なにせ我が妹は少し要領が悪い。俺も夜通し勉強に付き合ってやった記憶がある。


「そんな昔のこと、今更言わなくていいから」

「昔って、まだほんの数カ月前じゃないか! 『兄貴~この問題わかんな~い』って半泣きになりながら質問してきただろ?」

「知らない。覚えてない。そんな喋り方じゃない」


 猫撫で声で当時の佳夜の声真似をしてたら、横腹をえぐられた。

 朝からなかなか刺激的なスキンシップをする妹だ。


 現在、俺と佳夜は並んで登校中である。


 学校は別々ではあるが、前述したように、それぞれ家からあまり離れてはいない。

 そういうわけで、途中までは一緒に登校しているのだ。

 

「いやなぁ、父さんが帰ってくるって話で思い出したんだよ。父さん、たしか佳夜が受験合格してから一度も帰ってきてないだろ?」

「そうだっけ」

「そうだよ。だから父さん、制服姿の佳夜見たらきっと驚くだろうね。だってすごい可愛いもん。泣きだすんじゃないかな。俺も最初見た時泣いたし。今もちょっと泣きそうだな。横腹のグリグリ強めるのやめてくれよ」

「……」


 頬を赤らめながら、佳夜は無言でグリグリグリ。

 照れてるのだろうか。この強さは怒ってる可能性もある。

 しかしこれは盛ってもない感想だし、父さんもそうなるだろうなと本当に思っている。


 俺の時はつまらない黒い学ランで「おぉ似合ってるね」とつまらない感想くらいしか思い浮かばなかっただろうが、佳夜の制服はお嬢様学校というわけあってか、かなりおしゃれだ。


 俺はファッションの知識もセンスもないので具体的にどういえばいいかわからないけれど、白を基調に、良い感じに赤や黒を散りばめて、シックに、かつキュートに、セレブリティ……とにかくまぁ、良い感じに格式高くかつ可愛らしいスタイルをしているのだ。


 佳夜を知る者なら誰しも、スタンディングオベーションくらいの反応はするだろう。


「うるさ……そんなの知らないし」

「知らないの? 知った方がいいぜ。ウチの高校じゃあ、佳夜の学校のこと結構話題になるんだよ。そっちってちょっとした有名人多いだろ? あの子かわいい、誰々見かけた、とか」


 距離がそれほど離れていないので、登下校中、向こうの生徒を見かけることも珍しくはない。有名校だけあって小耳にはさんだような名前の人物が通っていることも珍しくないのだ。


「へぇ。じゃあ、兄貴も一緒にそういうこと話すんだ」

「当たり前だろ?」

「……えっ」佳夜は驚いたようにこちらを振り向く。サプライズドというよりかは、ショックドという感じの眼。


「茶髪っぽいあの子可愛いとか。身長高めなあの子キレイとか。気強いのに案外結構泣き虫そうなあの子萌えるとか。ちなみに今言った子、俺の妹なんだよとか――あたっ」


 軽い衝撃が肩を直撃。

 佳夜の学校の生徒……もとい、佳夜の話題について話していたら、痛烈な肩パンチをいただいてしまった。

 彼女はジロリとこちらを睨みながら、拳をひとつ作っている。


「うるさ、シスコン、次そんなこと言ったら殴るから」

「もう殴ってるよ」

「もういい。私、もう行く」


 そう言われて、気づけば俺と佳夜の学校の分岐点のとこまで来ていた。

 佳夜はせかせかした様子で分かれ道を向かっていった。


「あっ、おい、そんな急いで……あんま走るなよ、今日の弁当肉じゃがだぞ、弁当びちゃびちゃなるぞ!」


 そんな俺の忠告を聞いたか聞いてないかの具合で、佳夜は曲がり角を曲がって姿を消してしまった。

 まったく、あんなに走っちゃって。

 出汁の染みた米を喰らうがいいさ。


 気を取り直して、俺も通学路を向かった。



***



 学校に到着した。


 我らが母校は由緒と歴史にあふれる学び舎だ。

 つまりボロい。

 そしてせまい。

 さらにしめっぽい。

 BSSというヤツだ。

 なんかちょっと劣悪だから、なんかちょっと劣悪とも言えるかもしれない。

 毎年それなりに倍率高い人気校のはずなのだが、改修とかしないのだろうか。


 年季を感じる校舎に入り、すれ違いざまの何人かからの挨拶をこなしながら、教室へ向かう。

 向かおうとしたところで。


「今日も朝から、朝斗くんは大人気ですなぁ」


 俺の名を呼ぶ声があった。


 下の名前で俺を呼ぶ人間というのは、あまりいない。

 たぶん苗字の柊木ひいらぎがとてもカッコいいからだ。

 朝斗あさともかなりカッコいいはずだが、ヒイラギのカッコよさには勝てないのだろう。断じて、下の名前で呼ぶほど親しくない間柄しか俺にはない、というわけではない。 


 さて、この人を転がしてきそうな軽い声色。

 骨の髄までイジりたおす気満々なことを隠さないこの口調で、俺の名前を呼ぶ人間というのは、彼女しかいない。

 

 見当が付いたので、俺は振り返らず、先を進む。

 それはそれは、スタスタと。


「いやいや待って待って待って。おかしいよ、それが十三年来の幼馴染の態度かなぁ!?」


 しかし桜木さくらぎ静玖しずくは、あからさまにプリプリと頬を膨らませながら、俺の前に回り込んできたのだった。

 にげるコマンド、失敗。


「あぁ、俺のことを呼んでたのか。てっきり別の同名の方を呼んでるのかと」

「あんまりその名前で同名の存在を疑う人いないから。それ許されるの、タカシとかシンジくらいだから」

「タカシとシンジに謝れよまず」

「いや、これマジだもん。私の知り合いにタカシ五十人はいるし」

「それはもう、この街におけるすべてのタカシなのではないだろうか」


 タカシコミュニティを牛耳っていると思われるこの少女、静玖は、彼女の言う通り、俺の幼馴染である。

 具体的には、幼稚園の年中さんから今に至るまで、ずっと同じ学校・クラスに所属しているという運命的な関係だ。作為があるのか、単なる確率なのかはわからないが、そろそろ老人ホームや入る墓まで一緒になるのではないかと不安になってきている。


「で、なんでそんなにニヤニヤしてんの、さっきから」


 さて、そんな彼女は今、また目を細めながら俺のことを見つめてきている。

 いつも静玖はニコニコしている気はするが、今回はそこに悪質な、具体的には人をおちょくりたいという欲望が滲んだ強欲の壺みたいな顔を感じる


「いやぁね? 実はちょーっと面白い話を聞いたもんだからさ」

「面白い話?」

「そうそう。まだあんまし広まってはないみたいだけど~」

「なんだよ、もったいぶらず言えよ」


 隣でクネクネうにょうにょフラフラする彼女に、そろそろ拳を固めようかと思い始めたところで、静玖はようやく口を開いて、言った。


「実は朝斗に……彼女いるんじゃないか~って、噂になってんの!」


 噴き出すような、溜めたものを解放するような、あるいは拾った石を見せびらかす子供のような、そんな具合で彼女は言い放った。

 

 ……なんじゃそりゃ。















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