第4話

「俺に彼女って……どこでそんな大嘘が出回るんだ」


 火のないところに煙は立たぬというが、いったい俺のどこに火種が生まれるというのだろう。むしろ湿気りすぎも良いところだと思うのだが。


「なんでもね、最近朝斗あさとの返信が遅いって話があったんだよ」

「返信?」

「そう、朝斗さ、女の子からの連絡ちょっと焦らしてない?」


 そう言われて思い返して見る。

 いや別に、その日中には連絡返している気がするけどな。

 遅くなったとしても、俺からあえて焦らしているなんてことはない。


「うん、断じてない」

「ホントかなぁ」

「ホントもなにも……そもそも仮に遅れてたとして、俺、部活も入ってるし家事もやってるし、スマホ見る時間ないからだって」

「ふぅん……でもね、他にも理由があんのよ。これがね、大きな理由なんだけどさ」


 今度はなんだね、と呆れた視線で続きを促す。


「朝斗が他校の女子と歩いてるトコ見たんだって!」

「……いつ、どこで、だれと」

「そりゃもう目撃情報は多数! 登下校のときに、通学路で綺麗な女の子と歩いてたり、なんか仲良さそうにお話してたり? これはもう、彼女なんじゃないか~って!」


 だんだんとテンション上がり始める静玖しずく

 しかしその条件に合って、俺と一緒に歩いているというのは……。

 ポクポクポクと頭に思考が流れ、チーンと理解する。


「もしかしてそれ、蓬莱ほうらい学園の制服の人?」

「おぉ、まさにそう! ってことはもしかしてホントに……!?」


 パァっと目を煌びやかにしやがる静玖だが、反対に俺はため息しかでない。


 蓬莱学園というのは、我らが玉枝たまえだ高校の隣町に位置するお嬢様学校。

 そして佳夜がそこに通っているのである。

 つまるところ、俺と一緒に歩いていた女子の正体は、佳夜というわけだ。


「ハぁ……解散解散」

「ちょっ、待ってよ、結局どうなの?」

「あるわけないに決まってんだろ。たぶんそれ、どう考えても、考えなくても、佳夜のことだからな」

「佳夜……あぁ、妹ちゃんかぁ!」


 合点がいったように、静玖はポンと手を叩いた。


「そういえば妹ちゃんも蓬莱女子なんだったね」

「『なんだったね』じゃねぇよ何度も言ってるだろうが世界で一番のお姫様があそこに通ってるんだぞって何度も言ってるだろうが」

「おぉ、こわ」

「はぁまったく……すぐに佳夜だと気づかないなんて。佳夜の魅力はすでに知らしめてきたつもりだったが、まだ足りないみたいだな……」


 蓬莱女子の話題が出るたび、我が最強の妹について力説してきたのだが、まだ伝わり切ってはいなかったらしい。

 そうでなければ、「彼女と歩いてる!」なんて話は出ないはず。


「ってか静玖は佳夜のこと知ってんだろ、気づけよ」


 十年以上もの幼馴染なので、必然、静玖は佳夜とも交流がある。

 まぁ幼馴染とはいえ、家は別に近くはないので、物語に出てくるような「家が隣で~ベランダで向かいになりながらお話して~朝は起こしてもらって~」みたいなことはなく、一歳差で学校でも関わりが少なくなる佳夜と静玖はあまり交流が深いとは思えないが。


「まぁちょっとはそうかなぁって思ってたけど、でも乗った方が楽しいかなって」

「なんて最低なんだ」

「あ~あ。なんだ。じゃあ彼女いないんだ、朝斗」

「いねぇよ。なんか癪だけど、いねぇよ」


 そう言うと静玖は、満足そうにクツクツと笑った。

 結局彼女がいない俺という事実だけが残る、悲しい話題だった。

 彼女がいるなんて空しい虚偽が広まる前に、静玖には責任をもって、釈明を広めてもらわねばなるまい。


「ってか目撃情報の出どころはどこなの?」

「う~ん。最初はリンちゃんだったかな」

「リン……って誰」

「山田鈴ちゃんだよ、うちのクラスの」

「あぁ……あぁん?」小首を傾げる。

「ちょっとまって、もしかして覚えてないの?」

「いや待て待て。ちょっと記憶の引き出しが錆びてただけだ。あんまり喋ったことないし。……ないよな?」

「アンタの交友関係なんて知らんけど……でも喋ったことなくてもクラスの人くらいわかるでしょ!?」

「その、俺ちょっと物覚えが悪いもんで。妹に脳のリソースいってるもんで」

「ダメだこのシスコン……」


 心底呆れたように肩を竦めると、静玖は足早に俺の前へ出る。

 わざとらしく背中を向け、そのまま歩きながら言った。


「そんなんじゃさ、もし大学とか分かれたら、私のこともすぐ忘れちゃうんじゃない?」


 そして後ろ手を組みながら、顔を見せず、からかうように笑った。


「いや、忘れるわけないだろ。それは流石に俺を舐めすぎだ」


 俺はもちろん反論する。

 十年以上刷り込まれ続けたものを忘れるほど、俺は阿呆ではない。

 だいたい静玖との因縁はいつからだったか、物心つくころにはすでに闘争心を燃やしていた気がする。からかい、からかわれ、そしてからかわれ、さらにからかわれてきたはずだ。そういえば給食のプリンを散々奪われたことだけはよく覚えている。食の恨みは重い。なんか思い出しムカムカしてきた。きっと墓に入るまで、彼女のことは覚えていることだろう。プリン盗賊として。


「ふぅん……そ」


 静玖はそれだけ相槌を打つと、また足早に俺より先を歩いた。




***



――他方、蓬莱学園にて。


「おはよ、佳夜ちゃん。今日も良い朝やね!」


 登校してくる生徒たちの波の中から、京本きょうもとかなでは見慣れた背中を見つけ、いつもの調子で声をかけた。


 蓬莱学園は、由緒正しい名門校だ。

 各地から名家の息女が揃い、品格と歴史を誇る学び舎である一方……家柄や背景が自然と会話に混じる場所でもある。

 誰それの家は何代続く名家だとか、将来はどこへ進む予定だとか。悪気があるわけではないが、距離を測る物差しが、最初から少しだけ多い。


 そんな学園の中で、佳夜は奏にとって数少ない気のおけない友人であった。


 凛とした佇まい。

 落ち着いた物腰。

 誰に対しても公平で、常に一線を保つ美少女。

 奏がこの学園で最も尊敬している人物――それが佳夜だ。


 けれど。


「……佳夜ちゃん?」


 今ばかりはそんな親友の様子がおかしい。


 中庭の手前で、佳夜は立ち止まったまま動かなかった。

 声をかけても反応がない。

 まるで時間だけが、彼女を置き去りにして流れているかのようだ。

 いつもの凛然とした空気はなく、どこかぼんやりとした隙が滲んでいる。


「ちょ、どしたん? 大丈夫? 気分でも悪――」


 奏が心配して近づいた、その瞬間。


「……奏」


 か細く名前を呼ばれて、佳夜がゆっくりと顔を上げた。


 佳夜の頬は、耳元まで真っ赤に染まり、唇は落ち着きなく小さく動いている。

 焦点の合っていない瞳は、こちらを見ているようで、まるで別の誰かを映しているかのようだった。


「え、ちょ……ほんまに大丈夫なん?」


 返事の代わりに、佳夜は一度、深く息を吸い込み、そして、堰を切るように吐き出す。




「私、もう、お兄のこと、耐えられないかも……っ!!!!」





 







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ツンデレ妹と実は血が繋がってないことがわかったけど、それでも俺は本当の妹だと思ってる オーミヤビ @O-miyabi

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