第2話 指名持ち

『じゃあ、この魔法薬も作っておいてもらえるかな?』

『こちらもお願いします。納期が明日の朝なので厳守で』

『さすが天才様だ。一人で仕事ほとんど抱え込んで……そんなに自分できますアピールしたいもん? 見苦しいとか思わないのかな』

『若いからでしょ、彼女いくつだっけ。まだ二十歳になってないわよね。もう私、二十三だし、そんな体力ないわあ』

『作りたいっていうから、作らせてやったらいいんだよ。どうせ俺たちに払われる給料は同じだ』

『ほんと何様天才様のおかげで、楽に稼げる仕事ですよね。感謝カンゲキだわー』


職場の同僚たちが次々と浮かんでは口々に好き勝手をほざく。同じ魔法士で調薬師という資格持ちだというのに、ユネリへのあたりは強い。騎士とさして対応が変わらないのは仲間意識が乏しいからだろうか。

ユネリは究極に面倒くさがりなので、もちろん口を開くことはしない。彼らの仕事を代わりに押し付けられてもただ頷くだけ。


けれどユネリは心の中だけは、どこまでもおしゃべりだ。


済まなそうに頭下げてるけど、口笑ってるの見えてるし。

時間迫ってる難易度高めの調薬を直前に押し付けるな。自分で作らないなら、時間がどれくらいかかるかわからないのだろうけど。

手伝い頼む時間も惜しいし、面倒。実際、自分で作った方が品質も良くて喜ばれてる。

アンタとは五つしか変わりませんが? 下っ端の雑務まで押し付けてきてるけど、先輩はこちらだ。

いや、やりたいなんて一言も言ってませんよ。


「――薄ら笑い浮かべた棒読み感謝なんていらない!」


ユネリは自分の怒声で、はっと目を覚ました。悪夢特有の後味の悪さを引きずっているけれど、なんと言って起きたのかは少しも覚えていなかった。

今は見慣れたクリーム色の天井と対面している。いや、ここは自宅の寝室だ。


ガバッと掛け布団わ跳ねのけるようにして起き上がれば、やはり自分の寝台の上にいたとわかった。さほど広くない部屋に書棚と寝台と文机が置かれただけの簡素さ。


城の回廊で倒れたはずでは?


混乱するユネリは、キッチンから作業をする音が聞こえてぎくりと体を強張らせた。

平屋の小さな家に一人で暮らしているのがユネリだ。部屋数は四つほど。ほぼ中央に位置するキッチンの音は、家のどこにいても聞こえてくる。

材料を切ったり、鍋を動かして炒めたり、何かを沸騰させているような複雑な音が絶え間なく続く。


新手の泥棒?

家主を自宅へと寝かせて料理を作る間に金品を奪う?

最近の泥棒は面倒なことをするものだ。

ユネリは一方的に辟易した。


ずるりと上掛けを引きずるように寝台から下りれば、格好は仕事着のままだった。木綿のシャツと黒のパンツスタイル。けれど職業を示すローブは着ていなかった。いつも玄関ホールの脇にポールを置いて、そこにひっかけているのだ。

そんな習慣まで把握されている。


恐怖しつつ、ユネリは慌てて上掛けを頭からかぶって部屋を出てキッチンへと向かう。

オープンキッチンなので、すぐに横にダイニングテーブルがある。調理台を見れば、長身の推定男が手際よく調理をしているところだった。


まんじりともできずにただぼんやり眺めていると、相手はユネリが起きたことに気づいていたらしく振り向きもせずに話しかけてきた。


「もうすぐできるから、座って待ってて」


耳に心地よい中低音ヴォイス。されどぶっきらぼうというアンバランスさ。

調理中の男が何者かと訝しみつつ、ユネリは新しい家政のプロの方の可能性を考える。交代する連絡は来ていなかったけれど、緊急事態が起きたとか。


警戒する猫のようにダイニングテーブルに近づいて二脚しかない椅子のうちの一つに座れば、なんとか落ち着いてきた。

そう、きっと家事代行の人なんだ――。


「できたよ」


ユネリが納得した時、男が振り返った。そしてユネリは絶句した。正確には男の顔を見て、堅気じゃないと確信する。

艶やかな黒髪を後ろに流していたのは分かっていた。穏やかそうに見える琥珀色の瞳に、通った鼻筋、形の良い唇が黄金配置で並んでいる。

なんというか顔面偏差値の高い男である。優しげでいて硬質。近寄り難い美しさの中に親しみがある、そんな不思議な雰囲気を持っていた。

家事代行?? なにそれ冗談? とか言いそうである。言わなさそうな硬派さも備えているけど。


不意打ちで視線が絡んで、ユネリは慌てて視線を外した。

外した先に例の奇抜なウサギがいて、今度は凝視する羽目になったのだが。食人鬼ウサギ??


「誰、と言いたげな顔だね」

「あ、いえ」


そうですが、力いっぱい頷く非常識さは回避した。

けれどそれもあまり意味はない。ユネリの表情から素早く察した男がなぜか苦笑した。どこかやるせなさを含んだ諦めた笑顔だ。

彼はそれらの雑多な感情を全て飲み込んで、形の良い口を開いた。


「俺はルミナトス・ハウエバド。年齢は二十二歳。わりとこの顔で騒がれるけれど、王太子の専属近衛騎士筆頭をやっている。剣はもちろん武芸全般が得意。あと特徴的なのはこの目だね。ブルーアンバーと言って簡単に言えば昼と夜とで色が変わるんだ。よく女の子たちに騒がれる」

「なるほど」


適当な合槌が思いつかず、ユネリはかぶった掛物の下から呻くように答えた。

特徴的な瞳を持つ者はこの世界には往々にして生まれる。それらは『指名持ち』と言われている。この世界におわす百万の神様から指名されたという意味だ。


ユネリも黎明色の瞳をしている。夜明け頃の暗闇から光が上ったような一筋の金色が差しているのが特徴だ。たいていの『指名持ち』は、どんな力を持っているのか本人しか知らない。百万の神様は多すぎて、一般に流布されなかった。いるのは知っているが存在は大まか程度にしか把握されていない神々である。


そんな神からのいわゆる加護でもあるが、いいことばかりではない。一般人もそれを知っているので、『指名持ち』は恐れられる。そうでなくてもいちいち安全だと説明するのも面倒だ。

だからユネリはいつもフードを目深にかぶって前髪は長めにしていた。今でも上掛けをかぶっているのはそれが理由だ。初めての人に見られたいものでもない。


だが彼はユネリの反応に気にした様子もなく料理を並べていく。

一見すればおいしそうに見える料理だ。けれど、ユネリは注意しかない。

相手はそんなユネリをわかっていて大丈夫だと安心させる。実際食べてみれば本当に平気で、美味しく食べられた。


「そういえば貴女に乱暴を働いた騎士たちだけど、黒鉄騎士団だったから重々抗議しておいたよ。常習犯だったらしくて、むしろ感謝されたかな」


黒鉄騎士団は警備や戦闘に駆り出される治安部隊だ。目の前の男は近衛騎士なので、青銀騎士団所属になる。

騎士と魔法士の上層部は二つの勢力の諍いを問題視しているので、ユネリがお咎めなしなのは分かっていた。悪夢を見るくらいでは過剰防衛とも言えまい。


しかしこの男は一体いつからあの回廊を見ていたのか。

ユネリは一瞬だけ気がそれたが、食事の手は休めない。


そんなユネリを見やって、興味がないことがわかると小さく苦笑した。

そうしてユネリは料理を安心して食べていたのに、最終的には爆弾を落とされたわけである。


「これで俺は貴女の恩人になるというわけだね。そんな俺へのお礼は失くした記憶を取り戻す薬を作ることにしてもらいたい」

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