第3章 旅の仲間と、裏通りに隠された真実
森を抜けたとき、
ユウリは息が切れて立ち止まった。
背後では、
光と影が衝突する爆ぜる音が
まだ遠く木々を震わせている。
(アリア……無事だよね?
いや、信じるんだ。
あの人は強い。
影を操るんだ。
絶対に──)
不安が胸の奥でかすかに波打つ。
でも、足は止められない。
ここで振り返れば、
アリアの時間稼ぎが無駄になる。
ユウリは、森を一気に抜けて
広大な草原の坂道を下りた。
眼前に広がったのは──
地平線の手前に、
巨大な裂け目が口を開けていた。
深く、深く、
底が見えないほどの暗い溝。
その縁には、小さな石碑が並び、
古代語で《ノクターンへ至る裂谷》と刻まれていた。
ユウリの肌に、
ひんやりとした風がまとわりつく。
(ここが……ノクターンへの入口?)
谷底の暗闇から、
仄かな灯りが点々と連なっている。
まるで、
深海の魚が放つ光
のような微弱な光。
その光の列が縦に伸び、
まるで地下に逆さに伸びる都市の脈動のようだった。
ユウリは息を呑む。
「……すごい……」
これまで見てきたどんな景色とも違う。
光の都市セレニティと正反対の、
影が息づく場所。
ユウリは石碑の横にある
崩れかけた階段を下り始めた。
階段は長く、冷たく、
途中から洞窟のような壁に囲まれる。
暗闇の中で、
不思議と聞こえる音があった。
──カラン
──トントン
──シャラ……
金属、木、布……
いろんな音が混ざって、
まるで地下都市が生活の息遣いを響かせているようだ。
(こんなところで……人が暮らしているんだ)
ユウリは震えそうな膝を必死に支え、
さらに降りていく。
やがて、
視界の底に巨大な門が現れた。
高さは三階建てのビルほど。
黒い鉄の門扉には、
古代の影の文字が渦巻き、
青い光が脈打っていた。
門の上には、
灯火の揺れる街路が続いている。
ユウリは、胸の奥で
何かが震えるのを感じた。
(ここが……アリアが言っていた、影の魔術師たちの街……)
だが──
門の前には、
ひとりの影が立っていた。
黒い長衣。
灰色の毛皮のような襟巻き。
籠のような袋を背負い、
年齢は30代半ばに見える男。
男は、
ユウリを見るなり言った。
「…………なるほど。
異世界の少年ってのは本当らしいな」
ユウリは飛び上がりそうになった。
「な、なんで僕のこと……!」
「アリアの手紙だよ」
男は、ポケットから
見慣れた黒封筒を取り出した。
あの独特の影文字。
アリアの筆跡。
「ユウリを迎えにいって。
追われてるから気をつけて。
……それだけだ」
「アリア……!」
ユウリは胸の奥が熱くなった。
男は軽く肩をすくめる。
「安心しな。
あの子は影の中じゃ負けなしだ。
心配しすぎると嫌われるぞ」
からかうような、
でもどこか優しい声。
男は手を差し出した。
「俺はカムラ。
ノクターンの仲介屋だよ。
迷い子を影の都市に案内するのが仕事でね」
「迷い子……?」
「都市の外からやってくる者は皆そう呼ばれる。
あんたみたいに追われてたり、
捨てられたり、
居場所を探している奴らばかりだ」
「……僕も、迷い子なんだ」
「だが、迷い子には迷い子なりの道ってのがある。
影はいつだって、
光からはみ出した者たちを守るもんだ」
カムラは、
意外なほどやわらかい声で言った。
「さ、入ろう。
アリアの仲間……ってだけで、
ノクターンの者はあんたを歓迎する」
彼が鉄門に触れると、
青い紋様がふっと光り、
門が自動的に開いた。
冷たい風が吹き出し、
ユウリの頬を撫でた。
その風には、
影の魔術師たちが長い年月守り続けてきた
地下都市のにおいが混ざっていた。
石の匂い、湿った土の匂い。
そして──
人々が生活を営む“温かな匂い”。
ユウリは、
胸がふっと軽くなるのを感じた。
「……なんか、落ち着く」
「そうだろ?
光の世界の眩しさに疲れた奴には、
ここが心地いいのさ」
カムラが前を歩き、
ユウリは門をくぐった。
その瞬間──
視界が一気に開けた。
天井の高い巨大な空洞。
その天井には星のように灯る無数の光が走り、
地上の夜空を逆さに映したみたいだった。
足元に広がる街並みは、
迷路のように入り組んだ路地と階段。
壁に吊るされたランタンの炎はオレンジ色。
人々の影が路地で揺れ、
店の窓からは香辛料の香りが漂う。
笑い声も聞こえる。
鍛冶屋の金属音、
料理店の鍋を振る音。
誰かの歌声。
地下なのに、
不思議と生きている熱が満ちていた。
ユウリは、その光景に目を見張った。
「……すごい……!
こんなに大きな街が、地面の下に……!」
「影に追われた者たちが作った街だからな。
逃げ場が必要だったのさ」
カムラの声は軽いが、
どこか哀しみのようなものが滲む。
ユウリは歩きながら、
影の魔術師たちの姿を観察した。
黒いローブ、
灰色の布、
そして──
彼らの影はどれも濃い。
光の魔術師団に焼かれた影とは違う。
生き生きとして、
足元で息をしている。
(影って……
ただの闇じゃないんだ。
誰かの存在そのものなんだ)
ユウリは、
その本当の影を初めて見た気がした。
ある露店の前で、
子どもたちが笑っている。
「ほらほら、影リボンできたよ!」
「わー!すごーい!」
少女の影が、
リボンの形に変形して踊っていた。
ユウリは思わず声を上げる。
「すごい……!」
カムラが笑う。
「影の魔術ってのはな、
戦いだけじゃない。
生活に根ざした技でもあるんだよ」
ユウリの心は、興奮と安堵でいっぱいになっていた。
(ここなら……
アリアも、家族みたいな場所があったのかな……)
そう思った瞬間、
胸が痛んだ。
アリアの家族は、
光の魔術師団に処刑されたのだ。
ユウリは拳を握った。
偏見って、こんなにも残酷なのか。
けれどこの街は、
その偏見に追いやられた人々が
それでも生きている証だった。
カムラは、ユウリをある建物へと案内した。
階段をいくつも下り、路地を曲がり、
最後に到達したのは──
黒い石壁に囲まれた円形の広場。
広場の中央には、
巨大な影の渦がゆっくりと回転していた。
黒い霧のようであり、
水のようでもあり、
ときに光の粒を反射する。
生きている影。
カムラが言う。
「ここが、影の中心──
《ノクターンの核(コア)》だ」
ユウリは息を呑む。
「これは……魔術の源?」
「そうだ。
影の魔術師たちはこの核を守るために、
地上から追われたと言ってもいい」
カムラは、ユウリをじっと見つめる。
「ユウリ。
アリアが言ってたよ。
おまえは核と関わる運命だって」
「僕が……?」
「六翼族の星を封じる力。
光と影の均衡。
歴史の矛盾。
……全部、この核に繋がっているらしい」
ユウリは、
影の渦を見つめた。
怖さよりも──
不思議な懐かしさがあった。
触れたら、
何かが分かるのではないか。
触れたら、
自分の運命が動き出すのではないか。
そのとき。
影の渦が突然、揺れた。
カムラが目を丸くする。
「おい……
こいつ、急に活性化して──」
黒い影の渦から、
白い光がひとつ飛び出した。
それは小さな星のように輝き、
ユウリの胸元へ向かってくる。
ユウリは動けない。
光が胸に触れた──
瞬間。
ユウリの頭の中に、
膨大な記憶の奔流が流れ込んだ。
六翼族の歴史。
光と影の均衡。
星の封印。
アリアの先祖の記憶。
テオの過去。
光の魔術師団の秘密。
そして──
六翼族最後の叫び。
助けてくれ。
だれか──
星を、取り戻してくれ。
ユウリは、
膝から崩れ落ちた。
意識が暗闇に沈む。
最後に聞こえたのは、
カムラの声でもアリアの声でもなかった。
ユウリ──
おまえは、星の器(うつわ)だ
そう、
誰かが確かに言った。
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星を盗んだ少年と、夜明けの図書館 夢ノ命マキヤ @yumenoto
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