第5話
普段は面白いものが、今は全部つまらない。馬鹿らしく思える。
どんなに現実を忘れようとしても、忘れたくても、脳はフル回転し続ける。
「私を美和にしたのはあなたじゃない。」
あの時の言葉がずっと、耳の奥で響いている。すずめの声も、風の音も、太陽の光も、全てが搔き消される。
誰かと話したくて、でも相手はいない。まるで昔に戻ったみたいだ。
でも、走ることは辞めない。
いつものように早朝に家を出る。昼夜が滅茶苦茶になっても、朝五時の世界が僕にとってのオアシスであることに変わりはない。
走り終わったらすぐに制服に着替え、学校へ向かう。あまりにも、いつも通りだ。
廊下で前原とバッタリ出くわし、彼は早速話しかけてきた。
「はよ、三好。お前やつれてるぞ。」
「色々あるんだよ。」
鬱陶しいな。
二人で教室へ向かう。
「何かあったか?」
怪訝に思われたらしい。
いや、この目は心配か?
「部活か? クラスか?
そうか。あの受験生か!
もう結果出てるよな。
ダメだったのか?」
ああ、ダメだったよ。それだけならまだよかったのに。
「消えたんだ。」
「……は?
お前、今なんて……」
「駄目だった。結果が分かった後、親と言い合いしてて、その後リュックひとつだけ持って出てきて、そのままいなくなった。」
「それは……やばいな。」
「ハッ、だから? 僕に何ができる?
どうせ何もできない。わかってんだよそのくらい。」
早く帰ってきてほしい。どうか願いを叶えてほしい。でも、それを伝えるにも、応援するにも、このままではどうしようもない。
「もう無理だろ? な?」
「お前がそんな状態でどうするんだよ。」
「じゃあお前ならどうにかできるって言うのか?」
「そんなこと知らねえよ。でも、何とかしようと思わねえのか。」
「うるせえな。」
自分の教室前で立ち止まる。
「いや、ごめん。でも」
「もうほっといてくれ。部外者につべこべ言われる筋合いはない。」
あいつは何も分かっていない。美和さんに会ったこともないくせにガタガタ言いやがって、ムカつく。
荷物を置いて席に座ると、どこか頼りなげな、去っていく後ろ姿が見えた。
しばらくして、通知音が聞こえた。
(人を頼ったらどうだ?)
(さっきのは俺が悪かった。)
(何でも言ってくれ。全部聞く。)
僕は既読無視した。
しょうがないんだ。
そうだ、仕方ないんだ。
先生が欠席で自習と聞けば、誰しも投げ出すに決まっている。再雇用の爺さんはきっと、酷暑を避けて涼しい部屋で過ごしたせいで、くたばってしまったのだろう。
「ねえ、最近さ、あんた元気ないよね。」
提出義務はないとしながらも学習用として配られたプリントに取り組む。メガネは真面目だな。
「喋っちゃえば楽になるよ。
三好くんは悩んでる。私の勘、当たるんだよ。」
僕は数学の問題集に取り組む。
中学まで、解はたったひとつだった。解への道筋も、パターンが決まっていた。
でも高校数学は違う。
「君にできることは何もない。」
「勘が働いてるのに、無能扱いされちゃうなんてね。」
「無能とは言ってない。君には、できることが、ない。」
「役に立つ人を紹介できるけど、それでも私は何もできない?」
「役に立つ人……そいつは人探しができるのか?」
「もしかしてだけど、ウチのお兄ちゃんを知らない?」
「は?」
「卒業生の中では有名だよ、進学しないで探偵になった元生徒会副会長って。」
「探偵って……できるに決まってる! 君からお兄さんに頼んでくれ!」
「無理。これは商売よ。」
「依頼する。金なら用意する。」
「晴嵐。奥田晴嵐。お金は要らない。」
「金は要らない?」
「依頼するには条件がある。それが料金の代わり。
十年くらい前にさ、岐阜県の方で知的障害者が何人も殺された事件、知ってるよね。」
「あー、まだ犯人捕まってないやつ?」
「そ。知ってるよね。うちのお兄はあれについて昔からの仲間と一緒に調べてて、何かと苦労してるから協力してほしいんだって。表には出てないけど、探偵の長年の勘って言うのかな。それか根拠があるのかは分からないけど、犯人は今でもどこかに潜んでるってさ。」
「連絡先教えて。」
「DMが一番ラクかな。アカウントは、これ。」
見せられたアカウントに自分でアクセスした。投稿はあまり多くなくてどうも胡散臭いが、メガネが言うなら、僕は藁にでも縋る。
すぐに返信がきた。
(今日から明日に日付が変わる時、駅前のコンビニで。)
僕は君を知りたい。美和さんを知りたい。
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