聖女

沙華やや子

聖女

依里子よりこちゃん! いつものちょうだい。いや~、毎度のことながら依里子ちゃんの笑顔を見るとお昼からもがんばろうって思えちゃうなー!」

「えーそうなんですか! いつもありがとうございます。幕の内弁当1つですね? 道路工事、けっこうな期間やるんですね」

「うん、俺たち警備員は夏は暑い、冬は寒い! いや~、参るよな。でもさ、今日も『もなかてい』のお弁当食べてファイトだよ!」

「はい!」


「あ……」頬をほんのり染める依里子。

「ああ、オレも、幕の内1つください」

「はい」

 この弁当を買いに来た男性の名はたかし31才。依里子にほの字だ。実は……依里子のほうも。

 互いに云い出せぬまま、店員とお客様という立場でまるで少年と少女のように好き同士。


 依里子32才は弁当店もなか亭で働いている明るく人気者の女性だ。女性店長の寧々ねねは看板娘の依里子をとても頼りにしている。

 なにかと。

 四六時中。


「フ~疲れた! ねー、寧々さん、あたし今夜も行かなきゃなんないの?」

「当たり前だろ」厨房でくわえたばこをしつつ鍋を洗う寧々。

「いいかい? あんたに8割もマージンやってんだよ?! あたしにしたら割に合わないけど、あんた儲けてくれるから信頼してんだよ!」

 黙る依里子。


「早いとこ着替えて『駅弁』してきな」ニヤリと寧々。


 もなか亭はお昼は美味しいお弁当屋さん。夜は美味しい商売屋さんなのだ。

 お昼の弁当店もなか亭は18時まで。

 大人のためのもなか亭は20時から0時までだ。

 その4時間で4名以上の客を取る事もある依里子。


 もなか亭は駅の北口からずいぶん北へ行った場所にある。

 夜、依里子が客引きをするのは南口の商店街のハズレの薄暗いところだ。自転車で移動。

 その場所は一夜限り遊びたい男性がウロウロする、また、そんな獲物を待ち構える女性が立っているメッカなのだ。


 ハイヒールに柄タイツ。胸元の大きく開いたオフショルダーにピタッと体のラインの出るミニスカートをはいた依里子。男達が品定めをするようにうろつく。行っては戻りしたりもする。

 その男も女の子をまじまじと一人一人吟味しているらしい。

 依里子はその男を堕とそうとおもい、品を作り長い髪の毛をかき上げた。視線が合った。


 え……!


 それは、あろう事か大好きな隆だった。隆もすぐに依里子のことが分かったようで、ビックリした表情だ。

 互いに大ショックを受けている。

 ふたりは……ずっとずっとプラトニックラブだった。純粋に恋しさを募らせ合っていた。


 顔を即座にそむけ、走って逃げようとする依里子。

「待って! 依里子ちゃん! 依里子ちゃん」

 手を引っぱられた。温かい手。温度は低いのに、なんて優しくぬくい手。

「隆さん……」

「見損なっただろう。オレの事。オレは……女性とお付き合いした事が無いんだ。それでこんな事を」

「あ、あたし……あたしのほうこそ嫌われたでしょう? 隆さん。仕事なの、もなか亭の。でもそんなの言い訳になんないわ、あたしは商売女です」

「もなか亭の?!」

「はい……隆さんだから打ち明けました。あたしは、隆さんのことを……

ごめんなさい、言えません」

「わかった、言わなくてもオレが言ってあげる。同じ気持ちだよ? 依里子ちゃん。……ずっと前から好きだった」

「え!」

「行こう」

「どこへですか?」

「寧々さんのとこだ」

「そんな! 無茶です! 怖いです」

「何か弱みでも握られてるの?」

「はい……」

 依里子は泣き出した。そして一番話したくない人であり一番話したい隆に、打ち明けた。

「必ず仕事内容を写真に撮るように言われています。スマホで撮って、寧々さんに送っています」

「そうか……」

「隆さん……?」

「うん」

「あたしが『飛ぶ』って言ったら、一緒に来てくださいますか?」

 しばらく隆は考えていた。そしてギュッ! と依里子を初めて抱きしめた。

「……うん。一緒に行くよ」


 その晩からふたりは行方をくらました。


 闇の渦へと入って行ったのか、光のさすほうへ行ったのか、誰も知らない。



※ 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

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聖女 沙華やや子 @shaka_yayako

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