第5話 可愛い彼女とのキャンパスライフ。

「勇希くん。今日お昼何にする?」


「俺は日替わりかな〜」


 2限目の講義の後、恋人である心茉知こまちと昼食を取りに学食へ行こうかと話をしているところだった。


今日の心茉知は白いカーディガンに、淡いピンク色で丈の長いワンピースを着ていて、ひらひらとした裾を揺らしながらゆったりと歩いている。


 会話をしながらつい彼女の綺麗な形をしたつむじに目が行ってしまう。心茉知は俺よりも頭一つ分以上背が小さいので、つむじがよく見えるのだ。そんなつむじが今日はいつもよりもよく見えるなと思ったら珍しく踵の高い靴を履いていないからだった。


 そんな時、急にデニムのポケットに入った携帯が震えた。連絡先は大学の学生支援課からだった。


「すまん心茉知、学校の事務室から電話だ。先に食堂行っててくれ」


「いいよ。待ってるよ」


「ありがとな」


 心茉知に断って電話に出る。当然、大学の事務に呼び出される心当たりなんて全く無いので、少し不安な気持ちになる。


「はい、来渡です」


「学生支援課の伊藤です。今、あなたの財布を届けにきてくれた人がいまして、今から取りに来れますか?」


「え…?財布ですか?」


「財布の中から君の学生証と免許証が出てきてね。拾い主の人が困っているだろうとここまで届けてくれまして。拾い主さん君に伝えたいことがあるってことだったので今すぐ来れますか?」


 ばっと服のポケットや鞄の中を漁るが見当たらない。今日は一度も財布を使うタイミングがなかったので気が付かなかった。


「すぐに行きます。ありがとうございます」


 そう返して電話を切った。


「何の用事だったの?」


 電話の邪魔にならないように気を遣ってか、少し離れた距離いた心茉知が俺の横に立つ。


「財布落としてたみたいでさ、今拾った人が事務に届けてくれたみたいで、受け取ってくる。先に昼食べてよ。時間かかるから」


「いいよ。気にしなくて。3限空きコマだしついてくよ。一緒にお昼食べよ?」


 心茉知はそう言いながら微笑んだ。


「財布、いつ無くなったの?」


 事務室への道中のエレベーターを待っていると徐に彼女が尋ねた。


「いや、気がついてなかったんだよな…無くしたことに。さっきの電話で初めて無かったことに気がついたって感じでさ」


「財布落としたのに気がついても無かったの?うっかりだなぁ」


 心茉知は少し笑いつつも呆れたように言った。


「俺、最近電子マネーばっか使うから気づかなかったんだ」


「なるほどね。確かに勇希くんはいつもスマホ決済だものね」


 そんな会話をしているうちにエレベーターが到着する。彼女はさっさと乗り込み、すっとボタンの前に立ち、ドアが閉じないように“開く”のボタンを押す。彼女のこういった細かい気遣いができるところが俺は好きだ。


 俺たちの乗り込んだエレベーターは何故か全てのフロアに留まり、全ての会で乗降者がいた。心茉知は扉が開閉する度ボタンを押し、エレベーターガールのような事をしている。


 俺と頭1つ分以上身長差のある彼女は、俺の顔に近づくように背伸びをし、さらに頭を下げるようにジェスチャーをする。俺が頭を下げると彼女は耳元で「各停だね。急いでるのに困っちゃうね」と囁くように言い、少し眉を下げて笑った。


 事務室の学生支援課のカウンターに要件を伝えに行くと少し奥の机の上に間仕切りのあるスペースに行くように言われた。財布の拾い主がいるそうだ。


 間仕切りを避けるように入るとそこには知った顔ああった。


「昨日ぶりだね。クン」


 指定されたスペースの椅子に腰をかけている、綺麗な黒髪をウルフカット切り揃えた、色白で線の細い女が声を発した。


「ル…ルルルル!ルカ!!!」


「やだな、そんなに驚かないでよ」

 

 本当に全く面識のない人が座っている思ったので素っ頓狂な声を出してしまった。

 万が一知り合いが座っていたとしても、昨晩俺の頬にフルスイングでビンタした奴が平然と挨拶してくると思うまい。


「なんでお前…!」


「君が財布を落として行ったんだよ。店に。流石に早めに返さないと困ると思って。ほら」


 ルカはそう言って俺の手に財布を握らせた。


「あ、ありがとう」


「どういたしまして」


 一連の会話を絶妙な距離感で聴いていた心茉知がすっと近寄ってきて口を開く。


「お二人は知り合いですか?」


 心茉知の問いかけに、俺はなんと返事を返せば良いのかわからず内心、動揺した。


 俺は変わらずルカのことを親友だと思っているし、やましい気持ちは転生させてくれた女神に誓って無い。

 だが、昨晩あんなことがあった後だ。俺はそう思っていてもルカはそうではないかもしれない。こいつの前で「おう!長い付き合いの友達なんだ!」と言い、昨日ぶり2度目のビンタを彼女の目の前で食らいたくはない。


 俺は前世の親友との仲も、可愛い彼女ことも大切にしたいのだ。


 何と発言すべきか考えて口をパクパクと開閉していると、ルカが先に口を開いた。


「そうなんです。勇希とはすごく昔からの付き合いなんです」


 ルカは綺麗な笑顔を澱みなく浮かべて言った。ルカは昔からこういう時のに全く物怖じしない奴だった。魔王城に続く関所が通れず、役人と揉め、危やく投獄されそうになった時も。通過した田舎の村で領主と揉めて処刑されそうになった時も。こいつの度量と頭回転の速さに何度助けられたか。


 ふとルカの前世から繋がる一面を見て、懐かしく嬉しい気持ちになる。


「そうなんだ!俺の付き合いの中で一番長い友達なんだよ」


俺は昔みたいにルカの肩をガッと組み体を引き寄せるとルカの体がふらついて、俺に少し寄りかかった。ルカは一瞬驚いた顔をしたが、またすぐに元通り微笑み「まぁそういうわけなんです」と言った。


 ルカは俺の腰に手を回してぐいと体を寄せた。おい、これは流石に少し違くないか?


「あなたは?」


 ルカが感情の読めない声で言った。


「勇希くんとお付き合いしている。一巡ひとめぐり心茉知こまちと言います」


 心茉知がハキハキとした声で自己紹介をし、綺麗なお辞儀をした。


「へぇ…可愛い彼女だね。勇希」


 ルカは俺の方に顔を向けてにこりといったふうに。流石の俺もルカの目が笑っていないことには気づいた。


「私は、斑鳩いかるが 結弦ゆづるです。どうぞよろしく」


 ルカはゆったりとした口調で、先ほどと姿勢を変えないまま言った。


「あの失礼承知で伺うのですが…。昔から…の知り合いなのにわざわざ大学へ届けたのは何故ですか…?携帯に連絡を入れたりせずに」


 心茉知がもっともな指摘を入れる。その言葉にルカが慌てた様子もなく淡々と返事をする。


「あぁ、ちょうど私の携帯が壊れてしまっていて…。この後修理しに行くんです」


「あぁ…そうなんですね。すみません。変に疑うようなことを言ってしまって」


 流石に鈍い俺でも分かる。二人とも笑顔でにこやかに会話をしているが、これは一触即発の空気ってやつだ。心茉知は勘がものすごく良い。きっと俺とルカの間に何かしら言いにくい事情があることに気がついたのだろう。早くこの3人でいる状況を切り上げたい。俺が場を仕切り直そうと口を開くのを遮るように、ルカが俺の体を引き寄せて耳打ちしてくる。


「ライカン、僕は今からが集まる店に行く予定なんだけど君もくる?」


「…」


 顔を離したルカはニコリと微笑み俺を見つめてこう言った。


「君が今ここで断るなら僕は2度と連れて行かない。他の誰かを頑張って探して連れてってもらうんだね」


 ルカは獲物を狩る狼のようなめでじっと俺の目を見つめながら言う。


「…い…行く…」


「よし、じゃあすぐ行こう。裏にバイクを停めてあるんだ。乗せてあげる」


そう言いながらルカは俺の腕を取って歩き出した。それを遮るように心茉知が進行方向に出てきた。


「勇希くん?どこに行くの?一緒にお昼いかないの」


「ごめん…急用ができた…午後の授業も休むからごめん!」


「すみません、勇希ちょっと借りますね」


「ちょ勇希くん!?」


 すまない心茉知。あとできちんと事情は説明…いや、説明できるような事情はないのだが、説明するから。今だけはルカの誘いを優先する自分勝手な俺を許してくれ。


 心茉知を振り切るようにスタスタと歩くルカに腕を引かれて行った先は学校裏の駐車場だった。艶々とした綺麗な青色の大型バイク前についたところで腕を解放された。


「はい」


 そう言いながらルカが俺にヘルメットを投げてよこした。


「乗せてあげるから被って」ルカはバイクのエンジンを吹かしながら言った。

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