第59話 嫌な予感

「琴が消えた!?」


 清月殿。何やら書類を見ていた朝陽のところへ、無礼を承知で乗り込んだ聖職者一行。

 彼らの報告を聞いた朝陽は、驚いたように身を乗り出した。


「なぜだ。お前たちがついていたのだろう?」

「すみません、主上」


 凛太郎が、深々と頭を下げた。


「俺たちはきちんと琴に付いて行きました。ですが、秋良と会ってからは、離れてしまって」

「秋良? 誰だ、その者は」

「琴の幼なじみだそうです」


 夜が始まった頃、聖職者たちが清月殿へ飛んで行ったのを、何人かの従者が見た。

 険しい顔をした彼らの姿から、何か起こったのかと宮廷はざわめき出している。政の青葉殿ではなく、帝のおわす清月殿に直接向かったのだと誰かが言い出し、帝を慕う多くの大臣たちがおろおろしていた。

 その騒がしさとは逆に、聖和殿は妙な静けさに包まれていた。重たい空気の中、朝陽が口を開く。


「……凛太郎」


 朝陽が絞り出すような声を出した。


「至急、天弓座へ行け。秋良と名乗る者を見つけ、連れて来るのだ。俺の勅命だと伝えろ」

「承知しました!」


 凛太郎が部屋を飛び出して行く。

 その後ろ姿を見送った朝陽は、次に将大へ目線を向けた。


「将大。お前は涼人と共に、琴の匂いを追え。お前の嗅覚ならば容易いだろう。琴の匂いが途切れたところで止め、報告をするように」

「御意」


 将大と涼人は頭を下げると、こちらもあっという間に走り去って行った。

 残されたのは、不安そうに朝陽を見上げる夕海のみ。琴がいなければ、彼女が最年少なのだ。朝陽は、夕海の心が少しでも落ち着くように、優しい声で指示を出す。


「夕海は、琴が帰って来たらすぐ対応できる用意をして欲しい。そして、一歩も外に出るな。常に奈緒と小夜と共に行動するのだ」

「……はい」


 夕海はぐいっと目に浮かんだ涙を拭う。

 聖職者に仕える従者たちは、万が一のことを考え、最低限の武術を身につけている。

 それは女官である小夜と奈緒も同じ。

 女で武器を持つのは珍しいことである。しかし、二人ともそれぞれの主を守るために、常に細い剣を持ち歩いているのだ。

 夕海は、危なっかしい足取りで部屋を出て行く。

 てきぱきと指示を出した朝陽は、汗が滲む手を握りしめた。


「織也」

「はい」


 朝陽の背後から、織也がすっと姿を現す。

 そんな彼に目を向けず、朝陽は聖職者たちが出て行った襖をまっすぐ見据えて言った。


「他の者と共に、天弓座の蔵を洗え」

「蔵ですか?」

「彼らが琴を攫ったとしか考えられない。攫って監禁するのなら、蔵が一番良いだろう。天弓座は大きな座だ、蔵などいくつか持っているに違いない」

「御意」


 朝陽の指示を聞いた織也は、一瞬で姿を消した。

 青葉殿の部屋では、朝陽だけが取り残される。自ら行動したいが、主となる者がいなくなってしまえば、部下たちが混乱を招くだろう。そのため、朝陽はここで悶々と報告を待たなければならない。


 朝陽は、文机に肘を付いて項垂れた。

 またもや嫌な予感が当たってしまった。


(なぜだ。何も琴をさらう前兆などなかったのに)



 しかも、あの凛太郎と将大を出し抜いたのだ。なぜそこまでする必要があるのか。

 そんなに聖琴師を恨む事情があるのだろうか。


 琴はまだ、家から出てきたばかりの存在。他の聖職者たちも、それを知って彼女を一番心配していた。だからこそ、守らなければならない。

 朝陽は、握った拳にぐっと力を込めた。

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