【短編】お月さまのにおい

　キミは、お月さまのにおいって、知ってる？

　月の明かりを夜通し浴びたウサギだけが持っているっていう、不思議なにおいのこと。

　お日さまのにおいってあるじゃない？

　それとはまた違うみたいでさ。

　ふわぁ〜って、甘いにおいがするんだって！

　え？

　そんなの知らないって？

　そうだよね。

　そのにおいって、朝日を浴びちゃうと、すぅ……っと消えちゃうみたいなの。

　夜から朝になるまでの、ほんの短い時間にしか残らないんだって。

　そのわずかな時間に。

　一晩中月明かりの下にしたウサギと出会って。

　抱きしめないとわからない。

　とってもはかない、夢みたいなにおいなんだって！

　そんなの信じられるかって？

　……ふふ。

　そんなこと言いながらさ。

　本当はすっごく興味津々って顔、してるよ？

　そんなこと無い？

　

　あははっ。

　気付いてないの？

　キミ、お鼻がひくひく動いてて、お耳もぴこぴこしてるんだよ？

　目は口ほどに物を言う、なんて言うけど。

　キミは、お鼻もお耳も、お口とおんなじくらいに素直なんだねぇ。

　恥ずかしがらなくても良いよ。

　ほら見て。

　ボクもおんなじでしょう？

　ねっ！

　……だからさ。

　一緒に、そのにおいを確かめに行こうよ。

　面白そうじゃない。

　それって、どんなにおいなんだろうって。

　気にならない？

　気になるでしょ？

　気になってるくせに〜？

　ほらほら。

　ぎゅってして。

　見てごらん。

　今日はこんなにも、お月さまがキレイだよ！

　しんしん、こうこう、光ってて。

　吸い込まれそうなくらい、静かな光。

　まるで特別なお菓子みたい！

　そんな明かりを浴びるんだもの。

　甘い、甘〜いにおいに、決まってるよね！

　……どうしたの？

　……お月さまが、こわいの？

　そっか。

　真っ暗だもんね。

　大丈夫。

　お月さまは、怖くないよ。

　真っ暗なボクたちを、照らしてくれてるんだから。

　ほら。

　ボクも隣に座っているからさ。

　一緒に、お月さまの下で。

　光（におい）を、浴びようよ。

　――ゆっくり、ゆっくり、お山に向かう。

　ぴょこんっ、ぴょこんっと、飛び跳ねて――。

　ん？

　どうしたの？

　……楽しそうだねって？

　うふふ、だって楽しいからね！

　そんなに、お月さまのにおいが気になるのって？

　うぅん、もちろんそれも、あるけどさ――。

　――さ、着いたよ。

　お山のてっぺん、お月さまの近く！

　あとはゆっくり、朝が来るまで。

　一緒に座って、待っていようよ。

　……え？

　誤魔化したなって？

　えぇ〜！

　言わせる気かい？

　……。

　

　……っ、ぷぷっ！

　なんだい、その顔！

　キミは、本当に、素直だね。

　……ふふっ、そうだよ。

　キミと一緒さ。

　さぁ……っ！

　わ。

　ちょっと、風が出てきたね。

　わ。

　な、なんだい？

　……ふふっ。

　そうだね、こうしていたら、あったかい、ね。

　やっぱり、キミと来て良かったよ。

　……ね。

　楽しみだね。

　……。

　……さぁ……っ！

　

　

　――。

　…………ん？

　……あれ、おはよう……？

　わわっ！

　もしかして、ボク、寝ちゃってた？

　え？

　キミはずっと起きてたの？

　

　あはは、ごめ〜ん！

　キミを守ってあげるつもりだったのに。

　逆にボクが守られちゃったね！

　……でも良かった。

　一緒にいてくれて、ありがとう！

　えへへっ……。

　…………あっ！

　ほら見て！

　お空の色が変わってく……！

　――四本の耳が、ぴこっ、と動く。

　抱きしめあった二匹のウサギの。

　ピンと立てられた彼らの耳が。

　ぴこぴこ、ぴこぴこ、揺れ動く――。

　

　あっちには、お月さまの光で……！

　こっちには、お日さまの光が……！

　すっごい、ぜいたくな気分だね！

　

　――ふわ…………っ。

　…………あはっ。

　キミ、お鼻が、ぴくぴくってしてるよ？

　…………えへへ、わかった？

　ボクも、おんなじ、……だよね！

　……ね、キミはどう思う？

　……ねっ！

　やっぱり、すっごく！

　でも、思ってた以上に――。

　――暗がりと、朝ぼらけの境目で。

　ウサギたちが、顔を上げる――。

　……ああ、これが――。

　

　――これが、お月さまのにおい――。