番外編2「氷解の兆し」

 全ての力を失い、実家である貴族家の塔に幽閉されたシルヴァン。

 彼は、何もない部屋で一人、窓の外を眺める日々を送っていた。

 栄光も、力も、人も、全てを失った今、彼の心に残るのは、虚無感と、自らが犯した過ちへの微かな後悔だけだった。


 アキトへの執着が、愛などではなく、カイエンへの劣等感と、手に入らないものへの醜い独占欲の裏返しであったことに、彼はようやく気づき始めていた。

 孤独の中で自らの内面と向き合う時間は、彼の凍てついた心を少しずつ変えようとしていた。


 そんなある日、塔の扉が開かれ、一人の人物が訪れた。

 アキトだった。


「……何をしに来た。私を嘲笑いにでも来たのか」


 皮肉げに言うシルヴァンに、アキトは静かに首を振った。


「あなたに会いに来ました」


 アキトは、シルヴァンがしたことを決して許したわけではなかった。

 彼とカイエン、そしてギルドの仲間たちは、この男のせいで命の危険に晒されたのだ。

 しかし、同時にこうも思う。

 このまま彼が、憎しみと孤独の中で朽ち果てていくことが、本当の解決なのだろうか、と。


「あなたを許したわけではありません。でも、あなたにも未来はあるはずです。罪を償ったその先に、やり直す道はきっとある」


 アキトはそう言うと、一冊の本を差し出した。

 それは、この国の歴史書だった。


「あなたがもう一度、世界と向き合える日が来ることを、俺は待っています」


 シルヴァンは、差し出された本とアキトの顔を交互に見つめた。

 彼の真っ直ぐな瞳には、憎しみも侮蔑もなかった。

 ただ、静かで、揺るぎない優しさだけがあった。


 アキトが去った後も、シルヴァンはしばらくその場から動けなかった。

 やがて彼は、床に置かれた本をゆっくりと手に取る。

 何年も凍りついていた彼の心に、ほんのわずかだが、温かい光が差し込んだような気がした。

 氷が溶け始める、そのほんの小さな兆しだった。

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