第43話 おっさん無双
『ワイルドウルフ』の一件に片が付いた数日後。
俺は玲奈と沙耶と共に、ダンジョン五階層へと足を運んでいた。
次の企画はどうするか、あれやこれやと捻ってみたが『おっさんの全力無双!』と玲奈に押し切られたのだった。
正直、ろくでもないタイトルだと思う。だが、視聴者受けは間違いなく良いだろうと、二人は自信満々だ。
どうせやるなら派手に、ということで魔物が溜まりやすい場所を探して小一時間。
五本の通路が合流する大部屋に辿り着いた。
天井から床へと伸びる無数の鍾乳石。大小入り混じったそれらの影に魔物が密集している。
ゴブリン五体。
ホブゴブリン二体。
ウルフ二体。
ゴーレム一体。
ダンジョンでは、魔物同士が敵対することもあれば、こうして互いに干渉せず居合わせることもある。
今回は後者だろう。複数通路が繋がる大部屋特有の偶然が重なった状態。
上層では滅多に見ない――所謂『モンスターパレード』だ。
Cランク相当のパーティなら、即撤退がセオリー。
下手に戦えば、まず生き残れない。
普通なら、だが。
入口付近で身を低くしたまま、俺は背後を振り返る。
玲奈が期待に満ちた視線をこちらに向けていた。
小さく頷くと彼女は堪えきれない様子で拳を握り、ガッツポーズを作る。
「それじゃ頼んだわよ。もう、思いっ切りやっちゃってね」
そう言って親指を立てる。
「はいよ。期待に沿えるかは分からんがね」
剣を抜きながら応じると、沙耶がドローンの起動を終えたところだった。
「それじゃ、先生。準備が出来たら撮影を開始するわ」
彼女の手の上で、ハートや星のデコシールで飾られた野球ボールサイズの球状のドローンが小さな駆動音を唸らせる。
俺は一度、大きく息を吸った。
肺に空気を満たし、同時に魔力を練り上げる。
全身へと巡らせ、筋肉、骨、神経、感覚――そして握る剣にまで行き渡らせた。
スキル《強化》を起動。
身体能力と感覚が引き上げられていく。
―─普段は止める段階の所で、ギアをもう数段上げる。
同時に、身体の奥で焼けるような熱と痛みが走った。
「久々に全開で行くか……!」
沙耶に視線で合図し、俺は地を蹴った。
背後からドローンが追随してくる気配を感じながら、強化された視覚と聴覚で部屋全体を把握する。
魔物たちは、まだ完全に状況を理解していない。
最初に反応したのは警戒心の高い狼型のウルフだったが距離がある。
一番近いのは気の抜けたゴブリン二体。
「ふっ!」
一気に加速し、居眠りしていた一体の首を刎ね飛ばす。
斬撃と同時に身体が魔石へと変わり、床に転がった。
「――ギャ! アギャ……!?」
異変に気付いたもう一体が声を上げるが、遅い。
次の瞬間、その頭蓋を叩き割った。
二体の撃破を確認すると同時に、挟撃に来るウルフへ意識を切り替える。
「バウッ、バウッ!!」
左右から同時に飛びかかる二体。
俺はさらに速度を上げ、剣を振るった。
斬った、というより――吹き飛ばした、が正しい。
異常な剣速にウルフの身体は切り裂かれながら宙を舞い霧散した。
次に視界へ入ったのはホブゴブリン。
巨大な木の棍棒を全力で投げつけてくる。
「っ、と!」
剣で弾き返すと、棍棒は天井へと突き刺さり鍾乳石を揺らした。
俺は地面を踏み砕く勢いで横へ跳び、そのままゴブリン三体の集団へ突っ込む。
「ゲキャキャ!」
放たれた矢を強化した動体視力で捉え、反射的に掴み取る。
そのまま投げ返し、眉間を射抜いた。
「ガキャ!」
短剣を構えて飛び掛かったゴブリンの腹を刺し貫き、その手から離れた短剣を空中で拾って残った一体へ投擲。
三体を手早く処理し、再びホブゴブリンへ駆ける。
「グルアァ!!」
肉薄し振り下ろされた拳を、正面から剣で受け止めた。
一瞬の拮抗。だが刃へさらに《強化》を上乗せする。
骨ごと腕を強引に斬り裂いた。
「ガアァアアアッ!?」
痛みに悶えるホブゴブリンの胴に踏み込んで一閃。
上下に分かれた身体は魔石を残して霧散する。
その間にも、もう一体のホブゴブリンが迫って来ていた。
一番離れていたゴーレムもそろそろ近づいてくる頃合い。
地面から生える手近な細い鍾乳石を斬り落とし、強度を《強化》する。
「おらっ!!」
槍投げの要領で投擲。
《強化》した膂力に加えて全身を使って加速した鍾乳石が、ホブゴブリンの腹を貫いた。
残るは、ゴーレム一体。
そいつは岩の重い身体でドシン、ドシンと走っている。
岩の隙間に剣を通せば最小限の労力で倒せるが……。
「……たまには力押しでもしてみるか」
魔力を更に練り上げて、構える。
同時に全身の神経に鋭い痛みが走ったが構わない。
ゴーレムは動きは鈍重だが、その岩腕の質量攻撃が厄介だ。
並みの装備では簡単に潰され、半端な膂力では押し負ける。
だから剣は並み以上に、膂力は過剰に《強化》する。
岩の腕が轟、と唸りを上げて振るわれる。
「でやっ!!」
その剛腕を切り上げで、砕いた。
筋肉も骨も悲鳴を上げるが《強化》のおかげで壊れずに済む。
片腕を失いゴーレムは体勢を崩した。
俺は剣を上段に構え、全神経を“斬る”一点へ集中させる。
「――っ!」
一瞬の脱力。
そして剣の重さを利用し、全身の動きを連動させた縦一文字。
銀閃が閃いた一拍の間を置いて、岩の巨体は魔力の霧となって霧散した。
「……ふぅ――」
ごとり、と魔石が地面に転がり、周囲に他の魔物の姿が無いのを確認して俺は身体から過剰な魔力を逃がしてスキルを解除する。
「うわー。想像以上ね……ちょっと引くかも」
大きく息を吐くと、後ろから玲奈のどこか呆れた様な声がした。
振り返ると、近づいて来ていた二人が周囲を見渡している。
「先生が強いのは知ってたけど、ここまでとは思わなかったわ」
沙耶がドローンを回収しながら、感嘆混じりに呟く。
「でも動画の素材はバッチリね! こんだけ出来るなら、もっと早く言いなさいよ」
玲奈がご機嫌そうにパチンと指を鳴らした。
「まあ、ちょっと無理すればな……っ」
肩を竦めた瞬間、視界が揺れた。
全身を走る鈍痛に、思わず膝が折れかける。
「え、ちょ……おっさん!?」
「先生、大丈夫!?」
咄嗟に二人が支えてくれた。
「すまん、平気だ。俺の《強化》は諸々と強化出来るが、身体強化はあまり度を超すと反動がな。痛みは耐えるしかないから、俺の全力は制限時間付と思ってくれ」
二人が離れると、玲奈は眉を吊り上げて捲し立てる様に怒鳴った。
「ちょっと! しんどいなら先に言いなさいよ! 我慢させる位なら、こんな企画させなかったっての!」
「いや、良い機会だと思ってな。今までは、程々で済んだが、これからもそうとは限らない。パーティのお前らには俺の最大値を知って欲しかったんだ」
俺は玲奈の圧を宥める様な仕草をしつつ、苦笑する。
「パーティリーダーとして、メンバーの実力の把握は必須だぞ」
「……ちなみに、今のはどの位持つ訳?」
ジト目で玲奈に訪ねられた。
「なりふり構わないなら五分。調整すれば十数分位かな。普段程度だったらリスクは得に無いよ」
俺の答えに彼女は大きく溜息をついて。
「はいはい。おっさんが、ガチで強いのは分かったわ。けど、なるべく全力出さないでね」
「それは状況次第だな。危なくなったら出し惜しみはしないよ。お前らを守れるならこの位の痛みは我慢するさ」
「――あっそ」
俺が肩を竦めると、玲奈は視線を逸らしてフン、と小さく鼻を鳴らす。
どことなく頬が赤い気がするのは気のせいだろうか。
「なら、私達も強くなるわ。先生に頼りきりにならない為に。──ね、玲奈?」
「……まあね」
沙耶に言われて玲奈は呟く様に答えた。
「ああ、頼りにさせて貰うよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます