第39話 居心地の悪い職場

 会社に戻り、アリサはキーボードを叩いて報告書を書いていた。


 担当冒険者達の本日の成果。


 討伐数。

 被弾数。

 スキル使用回数。

 アイテム使用回数。

 探索精度。


 そして備考を記入しようとして……手が止まる。


 正直に言えば問題点は多い。


 個人の戦闘能力自体は低い訳では無いが、使いこなせているとは言えなかった。


 探索の技術も一応の形になっている所はあるがその中身が無い。


 何より、意識が問題だった。


 ダンジョンを遊び場だと思っているのか戦いがゲーム感覚だ。


 更に細かく彼等の今後の課題を洗い出していくとキリがない。


 だが、それを素直に本人達に告げると疎まれる。


 別に新人達に好かれたい訳ではない。”指導員は嫌われるのも仕事の内だ”と、あの人も言っていた。


 が、厳しくし過ぎると折れてしまう。


 それで冒険者を諦めるのならそれも良いだろう。決めるのは自分であるべきだとアリサも思う。


 しかし、会社としては離脱者が出る度に損失となる。


 ギルドから請け負っている仕事は“多くの冒険者を輩出する”こと。


 会社の利益は数字だ。


 ギルドが実施する新人研修を多く熟す。


 過程はどうあれ。結果はどうあれ。


 正しく厳しく指導して、反感されて逃げられてしまう位なら程々で良い。


 ――本人のやりたいようにやらせればいい。

 ――研修期間中にクレームが出なければ良い。

 ――研修を終えた後は管轄外。


 それが今の教育部一課の方針だった。


 報告書には『概ね良好』とだけ書いておく。


 曖昧な便利な文言だとアリサは自嘲する。


 報告書を送信した後に周囲を見渡すと二分化していた。


 課の方針に異論が無い職員は、定時を前に談笑に花を咲かせている。


 対して引っかかるものを感じている職員は浮かぬ顔であるいは難しい顔で、今後の指導方針に頭を悩ませている。


 以前は、乙斗真が相談に乗ってくれていた。


 彼が居なくなってしばらく。その穴は想像以上に大きかったのだ。


 アリサは小さく息をつくと自分も担当達の指導方針を詰めていく。


「アリサ君。最近良いワインを出す店を見つけたんだ。この後、皆で一緒に行かないかい?」


 談笑に混じっていた二十五歳程の男性――若くして主任に就任した北条正人ほうじょうまさとがアリサに声を掛けた。


 彼女は眉を顰めるのをなんとか堪えた。


「すみません、主任。まだやらなければいけない事があるので遠慮させて頂きます」


「そうなのかい? それなら僕も手伝うよ」


「いえ、これは担当している新人達の事ですので。今日は皆さんと行ってきて下さい」


 当たり障りない様に笑顔で答えると、彼は一瞬の間を置いてから微笑んだ。


「それなら仕方がないね。それじゃ今度行こうか」


 アリサの肩に一度軽く触れて、その場を後にする。


 彼女は小さな会釈をして新人達の資料に目を通す。


 今のアリサに出来る事は、課の方針に沿う範囲で新人達の為になる様な指導を続ける事だった。

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