第二章

第38話  とある若手指導員の苦労

 朝倉アリサ。


 日本人の父とイギリス人の母を持つハーフであり、二十二歳の傭兵会社『マーセナリーズ』の新人冒険者の指導を行う教育部一課の若手指導員だ。


 生まれつきの長い銀髪は高い位置で束ねられ、僅かな光でも淡く輝いている。


 日本人離れした碧眼に白い肌、人形の様に整った顔立ちに、スラリとした長身。

 本人の自覚とは裏腹に、その艶やかな容姿は人の目を惹いている。


 柔らかな物腰と丁寧の言葉遣いで、新人冒険者からの評判は良く『当たり指導員』として名が上がる事も多い。


 だが、アリサ自身が意識しているのは常に、自分はちゃんと指導出来ているかということだった。


 今、彼女はダンジョン五階層の広い通路で、担当している十六歳の新人冒険者達の戦闘を見守っていた。


 無造作に転がる岩が死角を作る遭遇戦には不利な地形だ。決して気を抜いていい場所では無い。


 アリサは一歩引いた位置で、小振りなメイスを携えながら、三人の動きを追う。


 ゴブリンは三体。それぞれが一体ずつと対峙しているが、間合いが近く半ば乱戦状態だった。


「くたばれ雑魚!」


 剣士の少年、新井健太あらいけんたが叫び、勢いよく剣を振るう。


 直後に発動したスキル《二重斬撃》が同じ軌跡と威力の斬撃を再現し、跳び掛かるゴブリンの頭を叩き割った。


 本人の身体能力は悪く無い。攻撃力も単純に倍になるスキルのおかげで、新人の中でも高い方ではある。


 だが、剣士としてはまだまだだ。


(力任せでは動作が次に繋がりませんよ)


 もし、もう一体のゴブリンが居たのなら今頃、組み付かれているだろう。


「ゴブリンばかりじゃ、つまらないね!」


 槍を持つ少年、石田浩樹いしだこうきが軽い調子で言いながら、矢を番えるゴブリンの腹を穿つ。


 その直後、スキル《スパイラルエッジ》で槍の穂先が捻じれる様に回転してゴブリンの臓腑を抉る。


 彼は満足そうに槍を引き抜き、血を振るい落とす。


 (スキルを過信し過ぎですね)


 ゴブリンは動けない程の致命傷ではあるが、身体は消えていない。トドメはさせていなかった。


「焼け死ね、キモゴブリン!」


 桃井月乃ももいつきのが苛立ち混じりの声を上げ、杖を突き出す。


 スキル《炎龍》で呼び出した小さな龍を模った炎が、うねる様に宙を飛んでゴブリンに巻き付き、焼き尽くした。


(火力は十分ですが、ゴブリン一体には過剰ですね。魔導士としては、魔力操作がまだまだ甘い)


 見えている範囲で、残りは一体。


(ここからが、本当の訓練なのですが)


 アリサがそう思った矢先、三人は一斉に動いた。


「残りは頂きだ!」


 健太が逃げるゴブリンに前傾姿勢で駆け出す。


「抜け駆けはさせないよ!」


 浩樹も負けじと速度を上げる。


「アンタら邪魔! 火傷するわよ!」


 月乃は再び杖を向け、炎の龍を放った。


 パーティに必須な筈の連携が取れていない。


 ただ、獲物を奪い合っているだけだった。


 アリサが眉を顰めた時、月乃の炎龍は勢い余って軌道を外し、岩に激突する。


 その隙に健太と浩樹が加速した。


「おらよ!」


「そらっ!」


 二人のスキルがほぼ同時にゴブリンの首を刎ね、胴を抉る。


「――ィ、ギャ……」


 短い断末魔を残してゴブリンは魔石を残して消えた。

 

「ああもう、ミスった!」


 月乃は悔しそうに地団駄を踏む。


「今のラストは俺だったな!」


「いいや、僕だったね」


 健太と浩樹は子供じみた言い合いを始めた。


 完全に周囲への警戒が抜け落ちている。


 それにアリサは小さく溜息をつく。


(これは叱らないとですね)


 そう思いながらも、アリサは一拍、言葉を選んだ。


「皆さん、戦闘を終えても直ぐに集中を解いては、いけませんよ」


 穏やかな声。


 自分でも思う程に、角を立てない言い方だった。


 彼女は魔法の杖替わりに携えた小振りのメイスを掲げる。


 頭上に形成された氷の矢が、音も無く放たれ、緩やかな曲線を描いて岩陰へ回り込む。


 潜んでいたゴブリンを正確に貫き、氷漬けにした。


「おわっ、なんだ!?」


 健太が驚いて声を上げる。


「死角の多い所では、このようにゴブリンの伏兵がいる事があります。ダンジョンでは探索、警戒は常に怠らない様にしてください」


 アリサは窘める様に言うが、遠慮がちな声色だった為か三人は軽く返事をするだけだった。


「にしても、指導員がアリサちゃんになって良かったよな」


 健太が軽口を叩き、ニヤリと笑う。


「ああ、スキルの使用制限も無いし、一々マッピングもしなくていい。気持ちよく探索が出来るね」


 浩樹も頷いて、肩を竦ませた。


「それね。アレからおっさんがクビになったって聞いた時は清々したわ」


 月乃は悪びれもせずに、楽しそうだった。


 警戒を怠るなと指摘された傍から、彼等はヘラヘラと笑う。


 それに、改めて強く指摘しようと思ったが、喉が詰まった。


 課長から新人の指導は厳しくなり過ぎない様にと再々釘を刺されている。


 クレームを出させるな、と彼の威圧は、彼女を含めた経験の浅い若手の指導員を萎縮させるには十分だった。


 尊敬していた彼なら、言わなければいけない事はしっかりと言う筈なのに。


 このままでは、彼等は冒険者として大成出来ないばかりか、大きな苦労をするだろう。


 もしかしたら、早々に命の危機に陥るかもしれない。


 恐怖と保身から、自分には正しさを通す事ができなかった。


 冒険者や指導員としての基本を教えて貰った先生でもあるその人に合わせる顔が無い。


(――ごめんなさい、斗真先輩)


「あれ? アリサちゃんどうしたの?」


 月乃は彼女の内心に気付くことなく、声を掛ける。


「いえ、何でもありませんよ」


 アリサは咄嗟に微笑み、内心を隠す様に視線を逸らした。


「さあ、そろそろ地上に帰還しましょうか」



―――――――

あとがき

2026 1/11 記


本日から、第2章として更新を再開します。

1章程の更新頻度では無いかと思いますが、これからもお付き合い頂けると幸いです。


また、小さな修正点として、主人公のおっさんこと、乙斗真の所属していたのは、

傭兵会社『マーセナリーズ』のと改めさせて頂きました。

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