第21話 おっさん、若い女の子と乾杯する
夕暮れのギルドは相変わらず、探索帰りの冒険者達で賑わっていた。
併設しているカフェに漂るコーヒーの香りが迎えてくれる。
ちょっとした大冒険の打ち上げと、テーブル席に腰を下ろすやいなや、玲奈はメニューを広げて目を輝かせた。
「コレとコレ。あとコレも頼んじゃおうかなぁー♪」
「玲奈。少し頼み過ぎじゃないかしら」
「良いじゃない別に。たまには贅沢しなくっちゃね♪」
浮かれた様子で割りとお高いスイーツ達を指さしていく玲奈を沙耶は窘めるが、玲奈は構わず吟味する。
その相方の様子に、やれやれと沙耶は溜息をつくが、それでもその表情は穏やかだった。
「ほら、おっさんもビールでも飲む? 大ジョッキで頼んであげるわよ」
「やけにご機嫌だな」
その様子に苦笑すると、玲奈は口元に手を添えて笑う。
「そりゃねー? 未発見領域の情報とあのホブの魔石で、三人で分けても十分な位に稼げたし、ライブ配信も伸びてフォロワーも爆増よ? 機嫌も良くなるわ。――まあ、それも、おっさんのおかげなんだけどね」
「確かに、あの戦闘から確認する度に増えているわ。アーカイブにも、コメントがどんどん来ているもの。その半分くらいが先生に対してね」
ほら、と沙耶は俺にスマホの画面を見せてくる。
魔石の換金を待つ間に、アーカイブをそのままアップしたその動画には、既に読み切れない程のコメントが寄せられていた。
“やっぱトウマはただもんじゃねぇな”
“皆凄かったけど、トウマが一番の功労者だな。沙耶が最大火力を出せたのは《強化》のおかげだし、ホブゴブリンの動きを封じてたのもデカい”
“おっさん、持ってる剣が安物だったからダメージ弱かったけど、良い剣だったら一人で勝ってたかも”
“アタッカー兼タンクしつつ、スキルでバッファー出来るとか万能なんよな”
“そういえば、二人をミノから助けた時にアイテムも性能強化してたぞ”
“チート系おっさん?”
“つんよ”
“強すぎぃ(´・ω・`)”
“もしかして《強化》って、強スキル?”
“本人は地味なおっさんなのにな”
「おー、盛り上がってんね」
「……他人事みたいに言うけど、アナタの事よ?」
その一部に目を通して呟くと、沙耶が僅かに眉を顰められた。
「まあ、そのお礼って事よ。遠慮せずに飲んで、ビール好きでしょ?」
「なら遠慮なく。ついでに、おつまみセットも頼む」
「ふふ。おっさんってば、欲張りぃー」
玲奈は笑って、手を上げて店員を呼ぶ。
自分の分のケーキ三つと沙耶のパフェに紅茶。俺のビールとおつまみセットを注文した。
「――まあ、でも……。ホントに感謝してるのよ」
メニュー表をテーブル端のメニュー立てに戻すと、玲奈は、どこかしおらしく呟いた。
思わぬ事で、水を飲もうとした手が口元で止まる。
「どうした、改まって?」
呆ける俺に玲奈は、髪を指先でイジリながら。
「だってほら、私達二人だけだったら、未発見領域を見つけられても、あのホブには勝てなかったもの。それに、大変だったけど、今日は楽しかったって思えるのも、おっさんのおかげよ。だから、うん――ありがとうね」
「私からもお礼を言うわ。先生のスキルで自分の限界を一時だけど越えられた。今日は良い経験になったのも」
沙耶も静かに頷く。
二人の言葉に俺は目を丸くした。
外れ指導員なんて言われていたのだから、正面から感謝を伝えられるのは慣れていない。
妙に胸の奥が熱くなるのを感じた。
「俺も今日は楽しかったよ。久し振りに“楽しい冒険”をさせて貰った」
正直な言葉が自然とこぼれる。
「また人手が必要なら言ってくれ。俺で良ければ手伝うよ」
俺は言って感じた気恥ずかしさを誤魔化す様に水を一口飲んだ。
「あーと、そうね……」
「玲奈?」
彼女は何かを言おうとして、言えずにいるようだった。
「大丈夫よ、先生。こちらから提案があるだけだから」
心配事でもあるのかと思ったが、沙耶が口を添えた。
「決めたんでしょ? 言葉が出ないなら、代わりに言うけど」
そして見かねた沙耶が提案する。
「だ、大丈夫よ! こういう大事な事はリーダーが言うもんでしょ!」
それに玲奈は咳払いして、改めて俺を真っ直ぐに見つめた。
「おっさんが良かったら――正式にウチに入らない?」
「……え?」
いつになく真剣に言う玲奈に俺は呆けてしまった。
玲奈は気恥ずかしさを感じてか、捲し立てるように続ける。
「ほ、ほら! ウチのリスナーも盛り上がってたし、正直、おっさんには割と助けられてるのよね。それに、おっさんと居るの結構楽しいし」
「私も良いと思うわ。先生から学びたい事も沢山あるもの」
それに沙耶も同意する。
彼女達の提案は、驚きもあり嬉しくもあったが、二つ返事とはいかなかった。
「――実を言うと、俺は指導員をクビになったんだよ。担当していた新人やギルド内でも評判はあまり良くなかった。俺がパーティに居ると、炎上の原因になるかもしれないぞ?」
嘗ての上司や担当していた新人達からすれば、俺は時代遅れな人間だ。
たまのコラボ相手ならまだしも、俺が居る事で彼女達の活動を邪魔する訳にはいかない。
玲奈が眉を顰めた。
「……なに? おっさんってば、そんな悪質な指導員だったの?」
「いや、そういう訳じゃない筈だ。けど、『古臭い』とか『配信で役に立たない』なんて言われてたんだ。『外れ指導員』だってな」
それを玲奈は笑い飛ばした。
「そんなの気にする必要ないわよ。他の誰が何と言おうが、寧ろ私達には大当たりなんだから」
「ええ。アナタは冒険者としても指導者としても、信頼出来るもの」
初めての真っ直ぐな肯定だった。
御託は言わせないと玲奈は笑い、沙耶は微笑む。
「それで、どーする? 肝心なのはおっさんがどうしたいかよ」
その答えは、もう出ていた。
言葉にするのは少し照れくさくもあるけれど。
「そうだな。それは――楽しそうだ」
「ふふ、そーこなくっちゃね!」
丁度、注文の品が届き、俺達は自然とビールのジョッキと紅茶のカップを手に取る。
「それじゃー、『フェアリー』の新たな門出を祝して!」
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