第10話「崩壊する王都と決意」
王家騎士団を撃退してから一週間後、事態は最悪の方向へと転がっていた。
ラインハルトたちが逃げ帰った王都では、瘴気が爆発的に濃度を増し、空は黒雲に覆われ、昼間でも夜のような暗さになっていた。作物は枯れ果て、井戸の水は濁り、疫病が蔓延し始めている。
さらに恐ろしい情報がもたらされた。
追い詰められたセレスティアが、「国を守るための最終手段」と称して、王城の地下深くに封印されていた禁忌の魔導書を持ち出したというのだ。彼女は自らの血を触媒にし、古代の召喚術を行使した。
その結果、現れたのは救国の神獣などではなく、瘴気を凝縮した巨大な泥の魔物だった。
魔物はセレスティアの制御を離れ、王都を破壊し始めている。
辺境の砦に届いたのは、もはや命令ではなく、国王からの悲痛な救援要請だった。
「国が滅びる。どうか、ヴァルグレイブ卿の力と、聖なる力を持つとされるアナベル嬢の助けを借りたい」と。
書斎でその手紙を読み終えたレオニールは、顔をしかめてテーブルに叩きつけた。
「今更、虫が良すぎる。お前を散々虐げておきながら、困った時だけ助けを求めるなど」
彼はアナベルを見た。
「行く必要はない。ここはこの砦で守り抜ける。王都がどうなろうと、それは彼らの自業自得だ」
確かに、アナベルには王都に良い思い出など一つもない。家族も、元婚約者も、彼女を苦しめた人々ばかりだ。見捨ててしまえばいい。
けれど、アナベルの脳裏に浮かんだのは、マリアの顔だった。唯一優しくしてくれた乳母。そして、街ですれ違った無関係な子供たちや、市場のおばさんたちの顔。彼らに罪はない。
アナベルは静かに立ち上がり、窓の外を見つめた。遥か南の空が、どす黒く淀んでいるのが見える。
右手の甲の鱗が、熱く脈打っていた。それはまるで、使命を訴えかけているようだった。
「レオニール様。……私は、行きたいです」
振り返ったアナベルの瞳には、かつての怯えの色はなかった。
「彼らを許すわけではありません。でも、この力にはきっと意味があるのです。あなたが私の鱗を『光』だと言ってくれたから。この光で、誰かを救えるのなら……私は、真の聖女になりたい」
レオニールはしばらくアナベルを見つめ、やがて深く息を吐いた。そして、諦めたように、しかし誇らしげに微笑んだ。
「……分かった。お前がそう望むなら、俺はどこへでも連れて行く」
彼はアナベルの腰を引き寄せ、額を合わせた。
「ただし、絶対に俺の側を離れるな。お前を守るのは、聖女の力ではなく、俺の役目だ」
「はい。信じています、私の竜騎士様」
二人は覚悟を決めた。過去の因縁を断ち切り、未来を掴み取るための最後の戦いへ。
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