第3話 刺客

 俺を見下ろすのは室持しつもち誅正ちゅうせい、陰陽師だ。

 年齢は39歳、どんな仕事もやり遂げる腕利きとして名を馳せている。

 戦術は至ってシンプル、妖力による身体強化ですべてが完結している強さだ。


 特別な陰陽術を一切使わずに仕事を完了させることから界隈では原灯の仕事人げんとうのしごとにんと呼ばれている。

 妖力強化に特化したこいつは単純な力や速さなら全陰陽師の中でもトップクラスだ。

 つまり仮に母親を起こしたとしても、この至近距離なら首を捻られてすべてが完了してしまう。


 俺は生後一ヶ月にしてそんなやばい男に命を狙われているわけだ。

 早くも闇落ちフラグが到来してしまった。

 座狗羅ざくらは幼い頃からこんな手合いに命を狙われ続けているんだからな。


「んー……座狗羅ざくら……寝てるの……?」


 母さんが寝返りをうって俺のほうへと顔を向けた。

 寝ぼけているせいで誅正ちゅうせいには気づいていない。

 仮に起きたとしても、この男を退けるのは難しいだろう。


 この亜神家、元は名家だが陰陽師としての腕が立つのは父親の夜道やどうのみ。

 母親のしずかよりも忠正ちゅうせいのほうが強い。

 つまり母さんには頼れず、俺は一人でこの原灯の仕事人げんとうのしごとにんをなんとかしなければいけない。


「悪く思うな」

「ん、んああぁぁーーーーーーーーーーーーッ!」


* * *


 赤ん坊の座狗羅ざくらは自らのみを守るために本能で妖力を体内から解き放つ。

 座狗羅ざくらの内に秘められた、いや。

 押し込められた妖力がどんな時でも座狗羅ざくらの中で大人しくしているはずがない。


「なっ……!」


 座狗羅ざくらは生まれながらの災厄だ。

 座狗羅ざくらは生まれながらの支配者だ。

 生後一ヶ月、座狗羅ざくらはすでに本能で理解していた。


 自分を殺しにきた男をどうすべきか、小さな体を侮った男など。

 生物としての格の違いを座狗羅ざくらはとっくに知っていた。

 

「ぐあぁ、ァ……!」


 まるでビッグバンのように放たれた座狗羅ざくらの妖力は屋敷全体を覆う。

 やがて周辺地域、町一つをわずか数秒と経たずに無に帰したのだから。


「ぁー、あぁうー……きゃっきゃっ」


 生後一ヶ月の座狗羅ざくらに人の命の価値などわかるはずもない。

 更地となった場所で無邪気に笑う子どもを誰が咎められようか。

 そこにあった母親の命など座狗羅ざくらにとっては最初からあってないようなものだった。


* * *


 というのがゲームでの流れだ。

 座狗羅ざくらは妖力を開放して母親もろとも誅正ちゅうせいを葬った。

 もちろん俺はそんな筋書きに従わない。 

 じゃあ、どうするか?


「きゃっきゃっ! ぱーぱー……!」

「……ッ!」


 俺は誅正ちゅうせいに笑って甘えてなついた。

 そこにいる男を父親だと思い込んではしゃぐ赤ちゃんがここにいる。


「……な、なんだ。私なんぞに……おかしな赤ん坊だ……」

「ぱーぱー、しゅきー」

「しゅ、き……?」

「きゃっきゃっ!」


 誅正ちゅうせいは俺を見たまま明らかに動揺していた。

 よし、作戦通りだ。

 実はこの誅正ちゅうせい、若い頃に自分の子どもと妻をほぼ同時期に亡くしている。


 子どもが生まれた時はそれを機に陰陽師の仕事により奮起した。

 ところが子どもは生後間もなく流行り病で死亡、妻も後を追うように他界。

 一度に大切なものを二つも失った誅正ちゅうせいは機械のように生きることにした。


 陰陽師の仕事に没頭して、誅正ちゅうせいは人の温もりなんてとっくに忘れている。

 忘れているはずだった。


「わ、私を、パパだと……」

「ぱーぱぁー」

「う、うっ……やめろ、やめろっ……」

「ぱーぱー」


 よし、効いてる効いてる!

 俺がどれだけこのゲームをやり込んで、隅々まで知り尽くしたと思っている。

 人を殴り殺す凶器に使えそうなファンブックの片隅に書かれていた誅正ちゅうせいの生い立ちだって把握済みだ。


 時折、道行く家族連れに思いを馳せることがあるなんて書かれていたからな。

 こいつは未だに人の温もりを求めている。

 それを俺が与えてやるんだ。


「わ、私は、私、は……う、うっ、ううぅ……」

「……誰かいるの?」


 ついに母親が起きてしまった。

 寝ぼけまなこで泣き崩れる知らない男を捉えたんだから、まともな反応なんてできるはずもない。


「だ、誰!?」

「……しまった!」


 誅正ちゅうせいはすぐに体勢を立て直した。

 このまま戦わせるわけにはいかない。


「ゃあー!」

「何をする!」


 俺はすかさず母さんのほうを向いた。


「やぁー!」

「ざ、座狗羅ざくら……」

「やぁあうぁーーーー!」


 俺は二人に訴えかけるように大泣きした。

 今はろくに言葉も喋れないからこれが限界だ。

 争わないで、やめてよと必死に訴えかけるしかない。


 誅正ちゅうせいは赤ちゃんの俺を見下ろして、母さんは戸惑いを隠せず布団の上でへたり込んでいる。

 最後の一押し、俺は誅正ちゅうせいの足から膝をつたってよじ登った。


「ぱぁーぱー!」

「私は、私はお前の父親じゃない、違うんだ……」

「ふぇ……うえぇぇん……」

「な、泣くな! 泣かないでくれ!」


 誅正ちゅうせいは母さんの前で俺を抱っこした。

 俺を殺しにきたというのに必死にあやしている。

 こうなったらもはや何のために自分がここにいるのかわからないはずだ。


「……きゃっきゃっ! ぱぱー!」

「よかった……泣き止んでくれたか。おぉ、よーしよしよし」


 誅正ちゅうせいがだらしない顔でにやけて、母さんがそれを訝しむ。


「よーしよし……ハッ!?」

「あの……」


 そこにいるのはただの子煩悩なおっさんだ。

 それから俺の顔に視線を落とすと、やがて頬に水滴が落ちてきた。


「……すまなかった」

「え……?」


 誅正ちゅうせいは大粒の涙を零した。

 たった今、誅正ちゅうせいは任務を失敗してしまった。

 俺は作戦がうまくいったことで一息つきたいほどだ。


 紙一重、一か八かの作戦が失敗していたら俺は母親を失っていた。

 そうなれば俺も闇落ちしない自信がない。

 失敗していたら俺は自暴自棄になってすべてがどうでもよくなっていた可能性すらあったからだ。

 最初の一歩というのはとても大切で、踏み出しが成功したことで俺はより自信がついた。


「私にこの子は殺せない……。つまり私は失敗したんだ……」


 その場に正座した誅正ちゅうせいは目を閉じる。

 無抵抗の意思を示して、誅正ちゅうせいはそのまま朝がくるまで微動だにしなかった。

 夜道やどうが帰ってきた時、どうなるか。

 そう、俺の闇落ちフラグ折りはまだ終わっていない。 

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