第4話 忠正の独白
私、
亜神家はかつての力を失った古豪、その家に生まれた天業の子を殺すなど造作もない。
まさに朝飯前、依頼を引き受けた時は何の感情も湧かなかった。
この依頼に困難な部分が見当たらないからではない。
引き受ければ、あるいは断ればどうなるかなどと考えること自体が無駄だからだ。
悩み、葛藤。そんなものに何の意味もない。
どちらを選んだところで、それが私の運命だ。
運命とは人生の筋書きであり、私はそれに沿って行動している。
そう、運命は必然だ。
かつてそれなりの陰陽師一族の家柄に生まれた私は陰陽術を仕込まれた。
ところが基礎以外何も身につかず、私にできるのは身体強化のみ。
それでもなにくそとばかりに己を変えようと努力したのだ。
そんな私を両親は迫害した。
家の恥だとして、私には何も与えなかった。
そんな日々の中、私は悟ったのだ。
これが私という人間であり運命なのだ。
いくら努力したところで家族は私を見ない。
出来のいい兄ばかりをかわいがる。
ところが運命というのは残酷だ。
家族が強力な妖霊討伐に向かったものの、全員殺されてあっさりと滅亡してしまった。
お前は邪魔だから家にいろというから私は従ったのだが。
あれだけ偉そうなことを言ってたのに最期は実に呆気ない。
しかしそれが彼らの運命なのだ。
いかに優秀だろうと、運命という筋書きでは最初から滅ぶと決まっていた。
あんな家が滅ぼうと私には関係ない。
家族が殺されてから二年後、こんな私でも妻と出会い結婚して家庭を持つことができたのだ。
あの時ほど幸せだったことはない。
自分の家族のために身を粉にして戦い抜いた日々は今でも思い出せる。
私は自分の妻と子に惨めな思いはさせたくない。
私の家族だった連中のようにはならない。
あれだけ馬鹿にされた妖力による身体強化に磨きがかかり、知名度が上がって依頼が舞い込んでくるようになった。
この時期、私は少しだけ運命を否定したかもしれない。
運命なんて自分の手で変えられるじゃないか、と。
流行り病で子を亡くして、妻にも先立たれるまでは。
あぁ、やっぱりこれが私の運命だったのか。
いくら努力して強くなろうと、この運命だけは避けられない。
家族を失った悲しみを拭い去るべく、私は人の心を捨ててどんな依頼でも引き受けた。
それこそ生まれたばかりの天業の子を殺す依頼だろうと。
そして私は失敗した。
「原灯の仕事人か。噂は聞いているぞ。ずいぶんと大物に狙われたものだ」
「ご、ごほっ……!」
地下室にて腕を折られ、足を叩き潰された。あばら骨までやられて呼吸も難しい状態だ。
亜神
没落したとはいえ、この男の実力は陰陽師の中でも十本の指に入る。
だから私はこの
亜神家、この
(いや、それが亜神家の運命だろう? 私らしくないな……)
私はこのまま殺される。そう、それが運命だ。
「言え。誰に依頼された」
喋れば助かるか? 口八丁で切り抜けられるか?
待て、違うだろう。私はここで殺されるんだ。
抗うなど無意味、抗ったところで運命は変わらない。
「……さぁな」
呼吸ができず、床を爪でかいて入り口に向かおうとしてしまう。
なんだ、この私の醜態は。死を覚悟しているのに、何を見苦しいことを。
「なぜ亜神家が没落して、お前のような野良犬がのさばる。お前を雇った奴も同様だ。大した才もない分際で、繁殖力だけは一丁前で我が世の春とばかりに闊歩する。実に不愉快だ」
「ぐはぁッ!」
「赤ん坊を殺すだけだなとどいう甘言に乗って、はした金欲しさに我が子の命を狙った。しかし現実にお前は無様に床を舐めている。かつて亜神家に逆らった愚か者どもの血を吸った床をな」
「ぁ、あ……」
なぜ私はこんなにも苦しいのだ。
ここで口を割ろうが割るまいが私の運命は変わらない。
だから殺されるまで耐えていたというのに。
(なぜ私はこんなにも生に執着する?)
――ぱーぱー
失った我が子と天業の子が重なった。
久しく忘れていた何かが胸の奥でうずく。
それがじわりと染みのように広がり、私の胸を苦しくする。
「かつての亜神家は皇室が抱えるほどだった。ところがある時から少しずつ血が薄まり、代をまたぐごとに弱体化に一途をたどった。やがて時代は移り変わり、天皇の権威が全盛期だった時代に亜神家は見捨てられた」
「それが……どうしたと……」
「そして現代、亜神家にようやく生まれたのが
「ぐっ……! うあぁぁ! ぁぁあ!」
負傷した箇所を踏みつけられて私は絶叫した。
痛い。苦しい。嫌だ。
運命は必然なのに。それなのに。どうして。
(こんなにも生きたいと願っている……)
私の子は死んだ。死んだんだ。
それでも、あの子の顔を見た時にすべてを思い出してしまったんだ。
私は一児の父だった。
それなのに私は他人の子を手にかけようとした。
子の命を奪おうとした。
子には何の罪もないのに。
「……言う」
「なんだと?」
「雇い主、言う……だから……」
「だから、なんだ?」
私は床を引っ掻きながら涙を流した。
あまりに惨めであまりに見苦しい。
それでも願いたいことがある。
「あなたの子の顔を……見せてくれ……」
この言葉が
自分の子を殺そうとした男が身勝手な願いを口にしたのだから。
これで殺されてもいい。死んでもいい。
でも一回、一回でいいから。
「……この期に及んで貴様ッ!」
「あうぁーーー!」
地下室の扉が開いた。
するするとハイハイして入ってきたのは天業の子、
「
「うあ! あぁーあーあ!」
「その男から離れろ!」
「ぁーあ!」
生後間もない子が何かを訴えかけている。
これは一体どういうことだ?
「あなた!」
「
「ごめんなさい……あの子をそこの
「どういうことだ? なぜ
赤ん坊が私から離れず、なんと立ち上がった。
これはまさか妖力強化か?
生後間もない赤子が妖力を駆使するなど聞いたことがない!
これが天業の子の力と才とでもいうのか?
「わからないわ。でもこの子が懐いた時、その人は何もしなかったの」
「……
見かねた
「ぎゃああぁ! あーーー! おんぎゃあ! おんぎゃあぁぁぁぁーーーー!」
「うおっ!? そ、そんなにその男がいいのか!」
「ぁーあ! ぁう!」
「……いいのか?」
否定とも肯定とも取れるが、
もしかしてこの子は私を助けようとしてくれているのか?
今の妖力強化といい、この子は普通ではない。
「……原灯の仕事人、お前を殺すのは保留としよう」
「ほ、本当か?」
「ただし今後お前は私の監視下に置く。自由はないと思え」
「私を……生かしてくれるのか……」
ここで私は屈辱を感じるべきなのだろう。
原灯の仕事人が任務を失敗した上に赤ん坊に助けられて情けをかけられる。
同業の者が知れば当分は笑いのネタに困らない。
私が積み上げてきた信頼と実績は無に帰して、陰陽師稼業の継続は絶望的となる。
「いや、お前は死んだ。所有物に命などあるまい」
私は
私は
(私は死んだ)
運命は必然だ。私は元よりこうなる運命だった。
吉か凶か、それもすべては決まっているのだろう。
「きゃっきゃっ! ぁーあー!」
ひとまず生きてこの笑顔を見られただけでも吉としよう。
今の私には身に余る運命だ。
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