第11話 不幸ノート2
「君を信頼して託すんだ。万が一、日記になにかあると俺が本当に殺されてしまう可能性があるので、管理はちゃんとしてほしい」
笑魔は真面目な顔で、言う。
「殺されてしまうって……もしかして、お姉ちゃんに?」
「書かなくはなったが、大事にはしているようだ。やりかねない」
「過激なお姉ちゃんなんだね……」
「そんな日記を作るような姉貴だよ」
しかも、書き始めたのは小学二年生。
未遊にはその人物が、なにやらとても興味深い人間に思えた。
ちょっとだけ、怖そうだけど。
でもさすがに、殺されてしまうかもしれない、っていうのは冗談でしょ、と思っていた。
「責任重大だね。もしかして、無断で持ち出してきたり、してないよね?」
「………………ああ」
その間は、絶対ウソの間。
ウソが下手か。
未遊は呆れる。
本当は断るべきって、さすがの未遊も分かっていた。
他人の日記を読むだけでも、アレなのに。
無断で持ち出すなんて、どうかしてる。
しかも、続きを書け、だなんて。
でもこういう時、未遊は好奇心に勝てないのだ。
好奇心を優先して失った友情なんか、これまで数え切れないくらいある。
でも、知りたいのだから、しょうがないじゃないか。
こんな楽しそうなこと、放っておけない。
「……んじゃあ、マリちゃんと一緒にやってみようかな。なんか私だと、世間では不幸だと思われないようなことまで書いちゃいそうで」
「友達か? まだあまり、話を広げてほしくないが」
「ヤダ、この間、三人で話したでしょ。堀真理子。ほら、マンションにあった、箱の話。箱は無関係だったけど」
「ああ……あの、足の話か」
「確かにマリちゃんの足、アザだらけになってたけど。良くなってきたらしいよ、足。アザが増えなくなったって言ってた。不方くんのお陰でって」
「ちょっともったいなかったな。煮詰まった話の方が、俺の目的には向いていた」
「目的? そういえば、不方くんって、なんでオカルトの話を集めてるの? さっき、時間がないって言ってたけど」
オカルト話を集める目的など、未遊にしてみると、ごく限られている気がする。
記事にしたいとか、創作するものの参考にしたいとか、誰かに聞かせてあげたいとか?
笑魔は未遊に向け、手のひらを広げた。
「俺が求めている話は、六つ。手に関する怪異、二本分。足に関する怪異、二本分。後は胴と、頭だ。……指が足りないな。ええっと……三つ集めて、残り、三つ」
「ああ、そういう……? で、揃ったら、死者蘇生の儀式でもするつもりなの?」
「怪奇話ごときで死者蘇生なんか、できるものか。俺が試したいのは、人形に命を吹き込む都市伝説だ」
「都市伝説! そんな都市伝説があるんだ。初めて聞いた!」
「俺の試したい都市伝説は、『魔界の都市伝説』 だからな」
「え、魔界? 不方くんって、魔界の人なの?」
「ひひ、だったら楽しいのにな」
あれ、今、変な笑い方しなかった?
未遊が見た時には、もう彼は、澄ました表情に戻っていたけれど。
「とにかく、足りない怪異を、それで」
「不幸ノート?」
「頼んだぞ」
まさかとは思ったけど、笑魔曰く、文字を書く、という行為は、『手の怪異』 に通じる、とのこと。
こじつけ感がすごいけれど、集めている本人がそう言うんだから、文句は言うまい。
「あ、そうだ。新しいオカルト話、もしかしたら、だけど、今度、聞けるかも」
「ほう?」
「話の内容は分からないけど……SNSで見かけた子。ずいぶん困ってるみたいだったな」
「そりゃあ、楽しみだ」
困ってる人に対し、そんなふうに言われると、なんだか悪い相談をしている気分になる。
でも、楽しい。
未遊は思う。
ホラーゲームが好きだとか、怖い映画が好きな人は、周りにも結構いるが、これまでなかなかオカルト自体が好きで、検証したい、とか調査したい、という人物は周囲にいなかった。
こうして話をしているだけでも楽しいのに、その上、その渦中にいれるなんて。
(やってみよう……!)
不幸ノート。
(不方くんのお姉さん、ごめんなさい)
未遊は小さな罪悪感と共に、そのノートを大切に鞄へとしまい込んだ。
その後、未遊が家に訪ねていくと、真理子はいい顔をしなかったが、意外にも、不幸ノートへの協力はOKしてくれた。
曰く、
「不方くんにはこの間、助けてもらったから、仕方ない。ただし怖いから、私は書かないよ? 書く内容の相談を受け付けるだけ!」
「それでもいい、助かるよ」
「それにしても、不幸ノート……」
世の中には色々な人がいるもんだねえ、と真理子。
気味が悪いから、ノートを手に取るのも嫌そうだ。
でも、興味がまるでないわけじゃないみたい。
未遊がパラパラ、ページを捲ると、身を乗り出すように覗き込んできた。
「これを、不方くんのお姉さんがねえ」
「すごいよね」
「家族全員、変わり者なのかな?」
「どーだろ」
このノートに書かれた文字や文章、改行の仕方なんかに、持ち主の几帳面な性格が現れているように思える。
だとしたら、あまり笑魔とは似ていないような気もするが。
「不方くんのこと、ボロクソに書いてあるの、面白いよね」
「面白いかな……でも、本気で書いてるわけじゃなさそうだよね」
「そう?」
「だって、ここ。『笑魔の腕がもげました』。こんなの、そんないわくつきのノートに本気で書かないでしょ」
「こっちには、『笑魔の足がなくなった』 もあるよ」
「仲、悪いのかな?」
「そういうわけじゃないって本人は言ってたけど。そういえば、三回連続、『笑魔が怖いモンスターに連れ去られ行方不明』 って書いてあるとこ、あったな。喧嘩でもしてたのかもね」
「で、ミユは、なにを書くわけ?」
「ん~……ネットニュースでも、見てみようかな。なんか人の不幸を探すのって、変な気分だけど……」
「せっかくだから、なんか希望も書いてみようよ! 小さいことなら許されるでしょ」
「う~ん……加減が難しいよね。小さい不幸は叶えられやすいって言ってたし」
「体育のバッセンが転んで怪我、くらいにしておく?」
「馬場先生、嫌いなの?」
「嫌じゃない人、いるの?」
などと、二人はちょっと前までは考えられないほど仲睦まじく(たぶん)、不幸ノートで盛り上がったのだった。
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