第12話 不幸ノート3
「後輩の、戸高さん」
二年生の下村小鳥がオカルト研究会を訪ねてきたのは、それから三日後のことだった。
笑魔に喫茶店で、自分に合った足を求めて彷徨う老婆の話をした、彼女である。
未遊との面識は、これまでなかった。
むしろ紹介された、『後輩の戸高さん』 は未遊のクラスメイトである。
仲が良いわけではないが、たぶん、悪くもないはず。
ぶっちゃけ、あまり話したことがない。
紹介された手前、挨拶しなければならない気になって、未遊は、
「どうも、こんにちは」
と、手など出してみたけれど、いかにも真面目そうなポニーテールの彼女……戸高姫乃は落ち着かない様子で、それには気が付かなかったようだ。
オカ研の部室、と言ったけれど、ここは美術室である。
オカ研に部室はない。今は、広い美術室の一席を間借りしているだけだ。
部員は伊坂未遊だけなので、カッコよく言うと、未遊がいるところが部室、というわけ。
活動予算も貰ってなければ、顧問の先生も名前を借りているだけなので、気ままなものである。
活動と言っても、今日はUFOに関する本を読んでいただけだし。
そこにわざわざ訪ねてくる人がいるなんて、考えてもいなかった未遊だった。
紹介を終えると、小鳥はキョロキョロ視線を動かした。
「で、不方くんは?」
「不方くん? 彼、べつにオカ研の人じゃないので」
「どこで会える? 急いで会いたいの」
「降霊術で呼び出してみます?」
「え?」
「冗談です。呼んでみますね。来るかは分からないけど」
未遊が携帯電話を取り出し、操作を始めると、小鳥は微妙な表情を浮かべた。
「知ってるんだ? 連絡先。誰が訊いても教えれくれないって、聞いたけど」
「彼、オカルト話を集めているので」
「体験話でしょ、知ってるわ」
「一応、私、それに協力してて」
「ふうん。私も、そうなんだけどな」
だからネットでコミュニティを作り、オカルト話を集めている。今回は、それに引っ掛かった姫乃をここへ連れてきた。
小鳥は先輩だし、などと気を使ったわけではないけれど、隣に立たれていては落ち着かないので、未遊は隣の席を勧めたけれど、二人は座る気、ないらしい。
とにかく急いでいるふうだ。
でも笑魔からの返信は、すぐにはなかった。
「下村先輩って、オカルト好きなんですか?」
とりあえず、会話してみる。
「好きでも嫌いでもないかな。ホラー映画で好きなのはあるけど、それくらい」
「今日は、そういった関連の話なんですよね?」
「それを、不方くんに聞いてほしいの」
言いながら小鳥は、未遊の顔をじっと見下ろしていた。
日本人とはちょっと違った、まるで人形みたいにキレイな顔だ。
緑色の、ビー玉みたいな目。薄い髪の色。
未遊は小鳥の同級生の男子にも人気が高い。
だが大抵の場合、喋らなければ、と言う言葉が後に続く。
見た目は可愛いけど、オカルト好きな変な女子。
でも実際には、それでも興味を持っている男子生徒は思ったよりぜんぜんいて、タイミングさえあれば、お近づきになりたいと思っている人も、少なくはないみたい。
未遊の日本人離れした顔は、クォーターだからって話だ。
なんでも、おばあちゃんがアメリカの人、的な。
ズルいよね。
「下村先輩、私、そろそろ部活にいかないと」
試合が近いから、と戸髙姫乃は、なんとも落ち着かない様子で言った。
「でも、相談しておいたほうがいいって! 絶対」
「そうかもしれないけど、あんまり遅れると怒られちゃいますし……」
「私でよければ話、聞いておきましょうか? 伝えておきますけど。不方くんに」
未遊が珍しく気を使ったけれど、その申し出は、小鳥にはウザがられたらしい。
とても嫌な顔をされた。
「それなら、私が伝えられるわ。戸高さんから一通り話、聞いたから」
「はあ」
「でも不方くんは体験話を直接、聞きたいかなって」
「ああ、確かに」
体験話を直接、聞くことで、彼はオカルト話を集めているんだった、と未遊は思い出す。
小鳥は呆れた顔で息をついた。
「あなた、そんなんで、ちゃんと彼に協力できてるの?」
「え? ん~、たぶん?」
「あのねえ……」
と、そこに。
ガタガタと音を立て、笑魔が美術室へ走り込んできた。
「テレビから飛び出した首のない美容師が暴れているって?」
よくわからないことを口走りながら。
一体どんな呼び出し方をしたものか。
未遊は誤魔化すように笑うと、立ち上がって、笑魔を今、自分が座っていた席へと座らせた。
「その話は、後で、後で。ねえ、不方くんに急いで聞いてほしい話があるんだって」
「うん?」
笑魔は隣に立つ二人を見ると、無遠慮にも一人を指さした。
「君か。名前は忘れたが」
「忘れないでよ。私、下村小鳥」
「うん? 君は見覚え、ないけど」
「え?」
愕然とする小鳥の横で、戸髙姫乃がソワソワしたまま、頭を下げた。
「なかなかタイミングがなくて、お礼が言えなくてごめんなさい。兄の件では、ありがとう。その後は問題なさそうよ、不方くん」
「ああ。急激に薄まってしまったが、まあ、悪くない話だった。玄関先で、指に絡んだ髪に頭がついている、と手を出してきた彼は、なかなかヒドイ顔をしていて、思い出しただけで……くくっ。良かった。で、今回はどんな話だ?」
未遊は一瞬、置いていかれたが、すぐに会話の内容から、察した。
「もしかして、髪の毛が指に絡まるって話、戸高さんのお兄さんの話だったの?」
姫乃は申し訳なさそうに頷く。
「すっかりお騒がせしちゃって」
「そっかあ。解決してよかったね! あ、でもまた何か、問題が起きたんだよね?」
それで、笑魔を。
姫乃はますます渋い表情を浮かべた。
「正直、よくわからないの。まだ、確信が持てなくて。でも下村先輩が、とにかく不方くんに相談してみたらって言ってくれて」
「どんな話?」
姫乃の話は、こうだった。
「四日前から、帰り道で男の人と擦れ違うようになったの。それが、もっと前からで、四日前に気がついただけなのか、四日前から擦れ違うようになったのかは、分からないんだけど」
「スーツ姿で、たぶん社会人。いつも大きな鞄を背負っていて、年は、三十歳くらいか、もうちょっと上かも。その人、ずっとニコニコ笑ってて、目が合うの。しかも、競歩みたいな早足で」
「確かに気持ち悪いけど、それだけなら、ただの不審者だよね。不方くんに相談することじゃないのは分かってる。けど、その人ね、なぜか二回、すれ違うのよ」
「気がついた初日は、『あれ? なんかさっきも見たな』 ってくらいだったんだけど」
「でも二日目は確実に、すれ違ったの。同じ人と、二回」
「もしかしたら実在してる人じゃないかもしれないって思う理由はね、うちの近所は住宅街で、まったく回り道できないわけじゃないけれど、でも、そのタイミングが早すぎるのよ。一度すれ違ってから、二度目に会うまで、普通じゃ考えられないくらい早く移動しないと不可能な時間しかなくて」
「しかも……すれ違う場所が、どんどん家に近づいていってるの」
「昨日はね、さすがに怖くて、一回目すれ違った後、私、近くのマンションの駐車場に隠れたの」
「そうしたら、暫く経ってから走ってきた人がいて、しかも、そこで足を止めて」
「怖くて、それが誰なのかは確認できなかった。覗き込んだら、向こうもコッチを見ている気がして……」
「暫くして、走っていって、また戻ってきたみたいだけど、同じ人だったのか、とかは、ぜんぜん分からない。こんなんだから、相談しようか迷ってたんだけど……下村先輩が、なにかあってからじゃ遅いからって言ってくれて。うん、昨日は、大丈夫だったと思う。じゅうぶん時間を空けて帰ったし……」
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