第3話

 翌日。また一つの事件が起きる。

 皆が移動に向けて準備を始めている中、村人の女性がその事件を引き起こした。


「籠の補修に必要な蔓が、確かこの辺に生えてたはず……」


 肩までの赤髪のその女性は、集落から少し離れた場所まで荷造りに必要な資材を集めに来ていた。

 木々を抜け、目的地の近くまでやってくる。足元に生えている長い草を掻き分けて顔を覗かせると、僅かに開けた場所に目的の葦が生えているのを見つけた。


「あった!」


 女性は嬉々として草の陰から飛び出し、葦の収穫に夢中になる。

 丁寧に根元を掴んで引き抜いていると、ふと視界の端に見た事のない物を見かけて女性は手を止めた。


 瞬間的に息を殺す。


 無数に生える葦の向こう。布に包まれて靴を履いている誰かの足。

 天を向いて倒れているのが分かるが、それが同じエルフ族の物でない事はニオイで分かる。目の前で倒れているのは人間だ。


「……」


 女性は息を潜めたまま、視線だけで素早く周辺の気配に気を配る。

 身を葦の陰に隠し音を立てないようゆっくりとその場を離れようとした。視線は人間の足から目を逸らさないままジリジリと後退りをして、ふと、奇妙な感覚を覚える。


「あれ?」


 女性は足を止め、こっそりと葦の隙間から角度を変えて人間の様子を窺見る。

 人間の顔は分からないが身動き一つ取らない。よく見れば、胸が上下に動いている様子も見られない。


「死んで、る?」


 女性がそっと背を伸ばして見れば、人間の男性は池に身体の半分が浸かった状態で完全に息絶えているのが分かった。しかも、まだ死んで間もない。

 その時、女性の鼻先にふっと甘い香りが掠める。その香りは脳を直接刺激し、恍惚とさせる。これは、どの生き物にも共通する“新鮮な生気”そのもののニオイだ。


「……っ」


 思わず、女性の喉がゴクリと鳴った。

 新鮮であればあるほど、喉を通る生気の美味さは格別。しかもその新鮮さは僅か数分で劣化してしまう。


 今目の前にあるのは、まさにその物だった。


 本当なら仲間内で分ける事が当たり前だが、今この場にいるのは女性ただ一人。

 目の前の貴重な食料をこのまま見過ごしてしまうのはあまりにも勿体ない。


「ど、どうしよう……」


 女性は良心の呵責に、落ち着きなく視線をさ迷わす。

 だが、劣化した生気は持ち帰ったとしても大した栄養源にはならない。


 もう一度、女性の喉が鳴る。


 ここにいるのは自分だけ。

 今、目の前にあるご馳走を見逃してしまう事の方がどうかしている。

 そう思うと、女性は体が無意識に動き出し、男の体の上に座っていた。 

 男の顔色はまだそこまで悪くない。


「……いただきます」


 女性はため息と共にそう言うと、男性の顔に自分の顔を近づけた。

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