第2話

 調査は数日がかりで行われた。

 森の隅々に渡るまで調査隊が飛び回った結果、思いのほか事態は深刻さを増している事が分かった。


「ルイン様! 一大事です!」


 調査に向かっていた調査員の一人が、ドアを開くなりそう叫んだ。

 その言葉に、ルインはぞわりと体中の毛が逆立つような緊張感を露わにする。


「この集落の東側から、謎の奇病が……!」

「奇病?」

「はい。今の時期まだ新緑のはずの葉が黄色く色づき、木々は枯れて行っています。それから」


 僅かに言い含む調査員の様子に、ルインは背筋に冷たい汗が流れ落ちた。

 この事態は、まだ他に何か良くない事が起こっている。 


「どうした?」


 確認するように言葉を促すと、調査員は僅かに視線を下げて悔しそうに拳を握り締める。


「青のエルフが何人か連れて行かれる姿を見ました」

「!」

「あと、枯れ木を倒木する人間たちが、少しずつ森を侵略してきています」


 何という事だろうか。これは想像をはるかに超える一大事だった。


「分かった。今後について少し考える。結果は追って皆に知らせる為、今日は下がっていい」

「はい」


 調査員を下がらせたルインは、すぐ傍に置かれた椅子に腰を下ろし深い溜息を吐く。

 動物の気配が少なくなっているのは、森の奇病により食べるものが減っただけでなく、人間たちの侵略で追いやられたせいだろう。


「出生低下問題もそのせいだったか」


 男児を産むには、上質な生気が必要だ。木の実や植物から得る生気だけではなく、動物たちからの生気も摂らなければ、出生率に影響するのも当たり前だった。


『人間は野蛮な生き物だ。金になりそうだと思えば何にでも手を出す。青のエルフ族は、何人彼らの手にかかった事か……』


 今のルインと同じように頭を抱え、項垂れていた父の姿と言葉が思い出される。


 掴まったエルフは人間たちのいい見世物にされ、羽や髪、臓器に至るまで高値で売買されている。特に、人間に対して比較的友好的な「青のエヴァン」と呼ばれるエルフ一族たちは、彼らのいい食い物にされていた。


 いわゆる「エルフ狩り」は、まだ続いている。


「そんな事は許さない」


 すぐに立ち上がったルインは窓を大きく開き、口笛を吹いて伝書鳥を呼び寄せる。


「赤のルイン一族に通達する。この森は既に警戒区域に入った。人間たちの侵略から逃れる為、明後日の明朝、一族の大移動を実行する。各自それ相応の準備を整えるように」


 そう伝書鳥に吹き込むと窓から飛び立たせた。

 伝書鳥は空高く舞い上がり、周辺一帯にルインの言葉を響かせる。

 すると、穏やかだった空気が一斉に緊張に包まれた。


 窓を閉めたルインは、窓枠についていた手を固く握り込む。


 本来なら、もっと早い段階で判断が出来たはず。男児の出生率のみならず、人間たちの侵入を察知できなかったのはかなりの痛手だ。人々生活を優先し判断を遅らせたのは、自分のミスだ。


 ルインは伏せていた顔を上げ、窓の外を見据える。


「青のエルフ達が辿った絶望を、我々が繰り返すわけにはいかない」


 今は亡き、父に誓うようルインは呟いた。


 


 

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る