第4話

 エルフの女性が生気を食らっているその背後に、新たな人間たちが近づいている。

 小さな灯りが、暗くなりだした森に一つ揺れた。


「あいつ、どこまで行ったんだよ……」


 恰幅が良いひげ面の男性が辺りを見回している。そのすぐ後ろには痩せ細った男性が、落ち着きなく付いくる。


「な、なぁ。これ以上奥に進むのはまずいよ」

「は? 何言ってんだよ」


 かなり臆病なのだろう。痩せ細った男性は視線だけをさまよわせながら、ひげ面の男の行動を止めようとする。その時、すぐそばの茂みが一瞬揺れ、痩せた男性は飛び上がった。


「ひっ!!」


 短い悲鳴を上げ、ひげ面男性の服を思わず掴む。すると突然掴まれた男性もビクッと身体を震わせた。


「い、いちいち驚かすな!」


 ひげ面の男性も、内心怖く感じているのか、微かに声が裏返る。


「早くしないと日が暮れる。暗くなった森は厄介だぞ」


 ひげ面男性は草木を掻き分け、木々の間の茂みを覗き込み、忙しく視線を泳がせている。

 奥に進むほど、霧が濃くなって来ているような気がした。そのせいか、こころなしかじっとりと空気に重たさを感じるようだった。


 辺りにはまるで生き物の気配は感じられず、二人の草を踏む男だけが響いている。


「や、やっぱりもう帰ろう……」

「お前さっきから何なんだよ! 仲間を放って帰れるわけねぇだろ!」


 あまりの引け腰の男に、ひげ面の男性はとうとう痺れを切らし噛みついた。仲間がいなくなっては土地の開発に支障が出る。その為にも探すのは当然なのだが、恐怖が勝り、安易に見捨てようとするひょろ長い男性に腹が立った。


「黙って探せよ! で、見つからなければまた明日探しに来る」

「うぅ……」


 そうしている間にも更に日は傾き、一層夜の気配が近づき始めている。

 もうそろそろ引き上げ時か、と思い踏み込んだ地面が柔らかく沈み込み、滑って転びそうになる。


「うわっ!?」

 

 ひげ面の男性が慌てて足を引くと、目の前にはくっきりと彼の足跡が残るほどの泥地で、足跡にじわじわと水が溜まっていく。


「湿地帯か……ん?」


 これ以上進めない。そう思った男の視線の先にゆらめく赤い光が見えた。


 霧で霞みかけた視界の中、男たちがよくよく目を凝らしてみて見れば、仰向けに倒れた男と思われる体と、その上に跨る美しい女性の姿が見える。

 女性の下にいる男はミイラ化しているが、彼が二人の探している仲間だった。


「……!?」


 ミイラ化した仲間の事も当然だが、もっと深刻な問題は女性の方だ。ゆらゆらと揺らめく赤い髪に、うっとりして薄く開かれた瞳がゆっくりとこちらを振り返る。

 女性がおもむろにぺろりと舌なめずりをするその姿を見た瞬間、ひょろ長い男性はひげ面の男を差し置いて一目散に逃げだした。


 残されたひげ面の男性は、目の前にの女性から目がそらせずにいた。

 暗がりに光る赤。その赤い目が細められた瞬間、体の中心に冷たい物を感じた。


 殺されるかもしれない。

 

 咄嗟にそう感じた男の足がすくみ、その場で青ざめた顔のまま震えていた。


 エルフの女性は甘美な余韻に浸っていたが、男の姿に我に返り、瞬間、時が止まったかのような感覚になる。


 マズい。見られてしまった。


 そう思うとスーッと血の気が引いていくのを感じた。


「ま……っ」


 男は何かを言いかけて、恐怖に言葉尻が消えた。

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