第2話
ララクが77回目の追放を経験してから、約1年が経過していた。
童顔の彼は18歳を迎えても、丸みのある金髪が風に揺れるたびに少年の印象を残している。その髪は陽を受けて淡く光り、どこか柔らかな気配を漂わせていた。
彼はいまだ冒険者として活動しており、今では各地を渡り歩く流浪の身となっている。今日もまた、未知の地を踏みしめていた。
そこは荒野だった。
地面にはひびが入り、草木は枯れ果て、かつて豊かな自然に覆われていた面影だけが残る。鉄くず、折れた支柱、絡み合った電線のようなものが散乱しており、風が吹くたびにカランと乾いた音を立てた。わずかに漂う腐敗臭が、ここが人の手で壊れた自然であることを語っている。
ララクは鼻をひくつかせ、表情を曇らせる。
「これは人が生活した故、ですよね」
穏やかに、しかしどこか寂しげに呟く。その隣で、ひときわ活発な声が返る。
「まーだ街は先だよね。なのにゴミがこんなに、どうなってんだこの国は」
声の主は戦闘医ゼマ・ウィンビー。ララクより少し年上のおねえさん的存在で、動きやすいへそ出しシャツに短いジーパン、その上からヒーラー用のローブを羽織っている。背中には宝石のように輝く長い戦棒、クリスタルロッドを背負っていた。
ララクは足元の鉄片を避けながら、静かに答える。
「最先端の国・ヌーツ。発展の代償ってところでしょうか」
「それで自然破壊はぁ、自然が可哀そうじゃん」
ゼマは眉をしかめ、手にした棒の先で錆びた缶を軽く突く。カン、と乾いた音が響いた。
ララクは遠くを見つめる。その視線の先には、地平線の向こうにかすむ都市の影。首都はまだかなり先にあるが、天へ届かんばかりの巨大な建造物群が、霞を突き抜けて輪郭を見せていた。
他のどの国よりも技術が発展している。それが、最先端の国ヌーツ。
文明の光が遠くに瞬くその様子を、ララクは静かに見つめていた。
荒野の空気が重くなった。風が止まり、乾いた地面の上で砂埃だけが舞っている。ララクとゼマは、崩れた舗装道を並んで歩いていた。
ふいに、ララクの足が止まる。地面が、ぐらりと揺れた。次の瞬間、前方の土が不自然に盛り上がり、ぼこぼこと膨らみを増していく。
「……動いてますね」
「いや、動いてるっていうか……うわ、出た」
盛り上がった地面が破裂した。そこから、錆びた鉄くずやプラスチック片、ガラス片までもが飛び散る。溢れ出たゴミの中から、異様な生物が姿を現した。
それは、ずんぐりむっくりとした体躯。全身を覆う薄い獣毛は、油と泥にまみれて灰色に汚れている。太く短い脚に比べて、腕は妙に細く、長い顔の先には管のような鼻と口が融合していた。
「わーお、初見だなこのモンスターは。ってかさ、ゴミ食べてない? しかも爆速で」
ゼマが目を丸くする。
ララクも目を凝らして観察した。その口は細長く、吸引機のように周囲のゴミを吸い込み、内部の歯で粉砕している。砕けた金属片やプラスチックが音を立てて体内に吸い込まれていった。
この生態から、このモンスターはゴミクイと呼ばれている。
「この環境ならではのモンスターのようです。……敵意がないならば、通り過ぎたいところですが……」
ララクが一歩踏み出した瞬間、足元で「ガシャ」と金属音が響いた。古びた鉄くずを踏んだのだ。そのわずかな音に、モンスターの首がぐるりと動く。
「ギュロロロロロ……」
耳障りな甲高い声。生物の鳴き声というより、金属が擦れるような不協和音だった。次の瞬間、ゴミクイの体がのけぞり、腹部が大きく膨らむ。肺に空気をため込んでいる。
そして次に、ゴミクイの長い口から濃い紫色の霧が噴き出した。
周囲の空気がどろりと変質する。腐敗臭に似た刺激臭が鼻を刺し、土が黒く変色していく。
それはスキル【ポイズンブレス】。
ゴミを喰うことで進化したこの土地特有の、猛毒を吐くモンスターだった。
「こいつ、私たちがゴミを集めてるとでも思ったんじゃない?」
「まぁ、出来れば回収したいですけど」
ララクが応じる声は穏やかだったが、目は鋭く前を捉えていた。
ゼマの推測では、目の前のモンスター・ゴミクイは、食料であるゴミを奪おうとしていると勘違いしたのだろう。警戒か、縄張り意識か。そのどちらにせよ、吐き出された毒の霧は止まらない。
紫色のガスが波のように押し寄せてくる。鉄の破片や細かい金属粉まで混じっており、空気そのものがざらついていた。ひと吸いでもすれば、肺が焼けるほどの濃度だ。
「……処理します」
ララクは右手を前に出した。腕を払うように一振り。
その瞬間、彼の足元から風が生まれる。
「【ストロングウィンド】!」
空気が裂ける音とともに、猛烈な突風が巻き起こった。ララクの細い腕を中心に、荒野が震える。砂と枯草を巻き上げた風は渦を作りながら、紫の毒霧と正面衝突する。
風と毒の境界で、激しい音が響く。ガスが散り、風が押し返す。数秒のせめぎ合いの末、ララクの風が勝った。吹き飛ばされた毒息が反転し、逆流してゴミクイ自身を包み込む。
しかし、ゴミクイは平然としていた。自分の吐いた毒に包まれながらも、まったく動じず、むしろきょとんとした表情を浮かべている。
「自分の毒には耐性がある……ってことですね」
ララクの声が低く響く。
風がまだ荒れ狂う中、毒霧が晴れていく。そこに立つゴミクイの瞳が、次第に戦意を帯びて光を強めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます